昨年末逝去中村恒也さん しのぶ声各方面から

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サイトウ・キネン・フェスティバル松本の実行委員長を勇退する際、長野日報社の取材に応じた中村恒也さん=2000年2月

昨年末に95歳で逝去したセイコーエプソン元社長の中村恒也さん。入社から技術畑一筋に歩み、独自開発の自動巻き腕時計の技術で席巻。世界初となったクオーツ式腕時計の開発を陣頭指揮し「東洋のスイス」と呼ばれた諏訪地方の礎を築いた。一方で、温暖化の原因とされるフロンガスを全廃し環境問題にも関与。音楽も愛し、世界的指揮者の小澤征爾さんを中心とするサイトウ・キネン・オーケストラの欧州公演を全面的にバックアップした。退任後は私財を子どもたちの教育にと奨学金や基金を寄贈。大きな足跡を残した。「思いやりのある人だった」各方面からは中村さんをしのぶ多くの声が聞かれた。

同社に入社以来、薫陶を受けてきたという諏訪湖カントリークラブ理事長で前箕輪町長の平沢豊満さん(77)。事務職と技術職の違いはあったが公私ともに「よく世話になった」と懐かしむ。

技術者としての発想は「ずばぬけていた」といい、問題が発生すると全体を見渡し「思いもつかない方法で対処していた」と話す。社員の葬儀には必ず顔を出し「思いやりがあり、人を大切にする人だった」と人柄を語った。

毎年、夏に松本市で開かれる世界的指揮者、小澤征爾さんの名を冠したセイジ・オザワ松本フェスティバル。「きっかけはすべて中村さんの決断から始まった」と話すのは実行委員会総合コーディネーターの武井勇二さん(80)だ。

1988年、サイトウ・キネン・オーケストラをライフワークとして考えていた小澤征爾さんの希望を、当時社長になっていた中村さんに伝えると「一晩でスポンサーになる決断をしてくれた」。

3年間の欧州ツアーの費用をすべてエプソンが負担。その成功が松本でのフェスティバルにつながった。「私の人生において、音楽においても大変な恩人。小澤さんは大変落胆し涙していると娘の征良さんから連絡があった」とショックを隠さない。

中村さんは2004年、ものづくり教育や理科学習に活用してほしいと諏訪市に5000万円を寄付した。これを受け、市は同年に「ものづくり教育奨励基金」を創設。小中学校でのものづくり教育推進の後押しとなった。

市教育委員会は基金を小中学校でのものづくり教育に使う材料費や、市内小中学生が諏訪圏工業メッセを見学するためのバス借り上げ料などに充てている。

小島雅則教育長は年度末になると、セイコーエプソン本社などを訪れ、年間のものづくり教育の活動につ いて中村さんに報告してきた。「子どもの頃、機械いじりが 大好きだったという話をよく聞いた。少年時代の純粋な気持ちを持ち続けた人だった」と振り返り、「ものづくりを楽しんだ中村さんの思いを大事にしながら、ものづくり教育をしていきたい」と述べた。

金子ゆかり市長は「セイコーエプソンで技術開発や経営をけん引された。ものづくり教育の展開など諏訪市にも多大な貢献をされ、感謝している。心よりご冥福をお祈りいたします」と話した。

命日となった12月25日は半世紀前の1969(昭和44)年、中村さんが世界初の水晶腕時計「セイコー クオーツアストロン35SQ」を発表・発売した日でもある。機械式とは比較にならない“正確な時間”が世界中の人たちに広がった。多くの人がその死をしのぶ中、中村さんにとってのメモリアルデーとなった。

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