2016年度06月15日付

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のろしが戦国時代の重要な情報伝達手段の一つだったとは聞いていたが、敵の侵入を知らせたり、あらかじめ決めておいた作戦の合図にしたりしたぐらいにしか思っていなかった。緊急連絡とはいえ「煙が見えた」というだけでは受け取る情報量が少ないと考えていた▼だから、連絡する情報によって色分けされていたと知って驚いた。武田信玄狼煙会がガイドマップに記した豆知識から引用すると、昼間ののろしは煙、夜はかがり火を揚げ、その色で連絡情報が分けられていたという。色の使い分けは秘密事項だったそうだ▼味方同士で使い方が決めてあって、のろしが見えさえすれば状況が伝わるようになっていたのだろうか。携帯電話が普及している今では想像もできないが、のろし台で煙を出す側と情報を受け取る側は、日ごろからつながりを持ち、連携できるようになっていたのかもしれない▼狼煙会が行うのろし場めぐりに同行する機会があった。参加者は戦国ののろしを現代に再現しようとしている会員らで、かつてのろし台だったとされる場所を訪ねては地域の歴史を学んでいた。のろしをつなぐ地域を知り、リレー相手と交流を深めることで、地域と地域をつなぎ、人と人をつないでいくための基礎固めをしているようだった▼9月に行うのろしリレーでは、14市町村の計27カ所から煙が上がる予定という。煙には地域連携への願いも乗せる。

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