小津監督愛した「一本桜」 茅野市が保護柵

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保護柵が設置された蓼科高原の「一本桜」。間伐で蓼科山を望む景観も復活した

保護柵が設置された蓼科高原の「一本桜」。間伐で蓼科山を望む景観も復活した

日本映画界の巨匠、小津安二郎監督(1903~63年)と盟友の脚本家、野田高梧(こうご、1893~1968年)が足繁く通った茅野市蓼科高原の「一本桜」を守ろうと、同市は15日までに、桜の幹回りに保護柵を設置した。同時に周辺の間伐を行い、小津監督が眺めた昭和30年代の景観も復活させた。

樹勢に衰えが見える樹齢百年ほどの一本桜を、来訪者の踏み圧から守るのが目的。桜の根元に立ち入りができないようロープ柵で囲ったほか、北側にあった樹齢50~60年のナラやカラマツを間伐し、一本桜から蓼科山や北横岳を一望できるようにした。

事業は蓼科観光協会の要望を受けて市が予算化し、北八ケ岳リゾート(同市北山)が施工した。事業費は約30万円。作業には同社や協会から約10人が参加し、視界を遮っていた樹木をチェーンソーで伐採した後、重機を使って手際よく搬出した。

二人は、映画「早春」(56年)以降の小津作品の脚本を蓼科高原で手掛けた。折に触れて疎林を散策し、2人で映画の構想を練った。その際に好んで通ったのが丘の上にある一本桜。当時は360度のパノラマが楽しめたという。

蓼科観光協会と市は2013年、蓼科日記刊行会事務局長(当時)の北原克彦さんが野田の長女山内玲子さん(故人)から聞き書きした「小津の散歩道」の中からモデルルートを設定し、小津が仕事場にした「無藝荘」などで紹介を始めた。小津の散歩道は、17年度の大型観光企画「信州ディスティネーションキャンペーン」のプレイベントのツアーコースに採用され、一本桜を訪れる観光客の増加が見込まれている。

同協会無藝荘運営委員会の藤森光吉委員長(70)は「お二人が愛した一本桜を大切に保護していきたい。当時の景観を楽しんでもらえるようにもなった。『小津の散歩道』を通して、蓼科が文化的な地域あることを大勢の人にお伝えできれば」と話している。

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