芥川看取った下島勲 生誕150年で展示や講演

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下島勲と芥川龍之介ゆかりの資料を見る受講者ら=駒ケ根市赤穂公民館

芥川龍之介と交流のあった駒ケ根市中沢出身の医師で俳人の下島勲(1869~1947年、俳号・空谷)の生誕150年を記念する講座「空谷 下島勲 芥川龍之介を看取った文人医師の交遊録」が1日、同市赤穂公民館であった。住民約150人が受講。下島と芥川ゆかりの書や絵画を見たり、専門家の講演を聞いたりして、2人の関係性について見識を広めた。

伊那谷の有志でつくる「駒ケ根文芸セミナー」の主催。芥川と下島の関係を紹介する書籍「日本近代文学館年誌・資料探索」の出版をきっかけにクローズアップされている下島の生い立ちや人柄について学ぼうと企画した。

下島は日清・日露戦争に医師として従軍後、東京・田端に医院「楽天堂」を開業。医業の傍ら、書画や俳句をたしなみ、芥川をはじめ室生犀星や菊池寛らの文人、芸術家と親交を深めた。23歳年下の芥川の主治医を務め、睡眠薬で自殺した最期を看取った。

講座では同書籍に「下島勲日記」の論考を掲載した横浜市立大学の庄司達也教授が講演。歴代の芥川研究者が著した文献を比較し、下島と芥川の「友人」関係という記載についての真相に迫った。

下島と芥川は、偶然近所に住むようになって文学や美術の話で意気投合した経緯があり、庄司教授は「下島さんが残した文書には『親子ほど年は違っていたがよく話が合うので、たちまちの間に懇親になった』との記述があり、2人の関係性を裏付けている」とし、「下島さんは相手が持つ魅力を大切にする人だったのではないか」と推測した。

会場には芥川真筆の書など資料約50点を展示したほか、当時仲間内で関心が高かったという能を実演した。

下島の弟の孫で生家を継ぐ下島大輔さん(80)は「下島と芥川の関係を皆さんに知ってもらえてよかった」と話し、講座を企画した事務局の宮澤宏治さん(57)は「そうそうたるメンバーとお付き合いした方が、駒ケ根の出身ということを知ってもらういい機会になった」と喜んだ。

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