2016年06月24日付

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必要は発明の母というが、箕輪町の中村正善さんが考案した車いすのけん引装置もまさしくそれ。少年時代に、車いす生活の弟を介助した経験が基にあるそうだ▼長らく商品アイデアを温めながら会社員生活を続けていたが東日本大震災で起業を決意した。「障害者やお年寄りが多く犠牲になった。自分の着想を商品化すれば人を救える」。その思いが背を押した▼装置は既存の車いすに取り付ける伸縮自在の棒で、介助者が人力車の要領で車いすを引いて使う。段差や傾斜地を進めるし、雪道や林間も行ける。熊本の被災現場では荷物運搬の大八車としても活躍しているそうだ。「単純なのにありそうでなかった」(中村さん)世界特許という▼「障害者と家族が諦めていたことを実現してほしい」と話す姿は、戦後の復興期に製造業で活躍した経営者たちの談に重なる。当時の商品、技術開発の根底には、家庭や社会で人の苦労を少しでも減らしたいという思いやりがあった。考えるに日本企業が世界に誇ってきたのは、使い手を思いやる「想像力」と、思いやりを形にする「創造力」ではなかろうか▼とはいえ、これだけ物があふれ、消費者の目移りも激しい現代、新商品開発に労を費やすのは難しい。何不自由なく育った世代が、人の苦労に寄り添う精神を受け継げるかという不安もある。日本の経済、そして政治もここが一番の課題かもしれない。

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