「蓼科案内人」養成へ 茅野で講座始まる

LINEで送る
Pocket

蓼科高原の歴史を学ぶ講座で柳澤さん(右)の話を熱心に聞く受講生たち=茅野市の無藝荘

蓼科高原の歴史を学ぶ講座で柳澤さん(右)の話を熱心に聞く受講生たち=茅野市の無藝荘

映画監督の小津安二郎や歌人の柳原白蓮ら多くの文化人が愛した蓼科高原の歴史を学ぶ連続講座が24日、小津監督の仕事場だった茅野市蓼科の無藝荘で始まった。観光案内人を養成する初企画で、ホテルの若手従業員ら14人が受講。初回は無藝荘を管理する火代番(ひじろばん)の柳澤徳一さん(82)=同市湯川=が講師を務め、蓼科が発展した経緯と先人の功績を解説し、歴史に学ぶ大切さを説いた。

柳澤さんは明治から昭和にかけての蓼科を振り返り、1909(明治42)年8月に伊藤左千夫が「蓼科山歌」を書き残したのは、同市湯川出身で弟子の篠原志都児の役割が大きかったと指摘。「(志都児は)貧しい中で素晴らしい仕事をし素晴らしい人脈を作った。そういう人の陰の力がなければ今の蓼科はなかった」と語り、先人の功績や生き方に学ぶことが「これからの蓼科を考えるためには必要です」と力を込めた。

さまざまな文化人と交流し、学んできた自身の経験を踏まえて、「(無藝荘の管理人は)蓼科に来た人に『心のお土産』になればと思ってやっている。皆さんもただ働くだけではなく、絵でも書でも映画でもいいから追求して。将来がきっと輝きます」と話していた。

講座は市エコツーリズム協議会と市観光協会が主催。7月22日までに全5回開く。来年度の大型観光企画「信州ディスティネーションキャンペーン」での観光案内を見据え、小津監督が作品の構想を練った「小津の散歩道」を中心に知識を深めていく計画だ。

おすすめ情報

PAGE TOP