考想・諏訪湖 8、うなぎのまち岡谷今野さん

LINEで送る
Pocket

諏訪湖が育んだうなぎ料理の文化やおいしいうなぎを提供しようと研究を重ねてきた料理人の熱意について語る今野さん

諏訪湖畔や天竜川沿いなど岡谷市にはうなぎ料理店が集まり、7月の土用の丑の日が近づくと、多くの観光客でにぎわう。市や商工会議所などは「うなぎのまち」として諏訪湖が育んだ郷土の食文化を県内外に発信し、誘客を図っている。開き方や焼き方で関東風、関西風の両方の特徴を生かした「岡谷風」を広めようと、うなぎ料理店などでつくる「うなぎのまち岡谷」の会の奮闘が続く。

会長の今野利明さん(50)=同市湖畔=によると、岡谷市の人口当たりのうなぎの消費量は全国でもトップクラス。「お客さんにおいしいうなぎを提供したい」という 先人の努力と研究の成果が今に生きている。ウナギは昭和30年代まで諏訪湖で多く獲れた。歴史をさかのぼると、江戸時代にはうなぎを高島藩に献上していた。「ウナギは今でこそ、高級魚だが、昔は目の前の湖でたくさん獲れた。物流が今ほど発達していない当時、うなぎは諏訪の庶民の味だった」と語る。

だが、40年代に入ると、漁獲量は激減する。諏訪湖漁業協同組合によると、30年代後半に3~4トン近くあったウナギの漁獲量は40年代に入ると、1トンを割り込んで数百キロの水準となり、50年代以降は数十キロほどに落ち込む。昨年度の取扱量は58キロだった。県は1967(昭和42)年に湖全域を対象にした本格的な湖岸堤の築造を計画し、洪水対策などを目的に当初、湖岸をコンクリートで固めた。同組合は「湖岸のコンクリート化がウナギがすめる環境を奪った」とする。うなぎ料理の関係者らの中には諏訪湖と太平洋を結ぶ天竜川に建設されたダムがウナギの遡上を妨げた―と見る向きもある。諏訪湖産ウナギを食す機会はほとんどなくなった。それでも、おいしい食べ方は脈々と受け継がれている。

「岡谷風」とされる岡谷のうなぎの特徴は三つある。開き方は「背中からの関東風」。諸説あるが、江戸の侍は「腹を切る」ことを嫌った一方で関西の商人は「腹を割って話すことを好んだ」ことから東西に違いが生まれたという。焼き方は「蒸さずに直焼きの関西風」。「せっかちな江戸っ子に提供する関東ではあらかじめ蒸す店が一般的となった」という。焼くのは炭火。電気やガスがない時代からウナギを食べ続けてきた庶民は炭火を賢く使って食してきた。寒冷地特有の甘くて濃いたれが他にはない独自の味をつくった。「東西を結ぶ街道の中間点という地理的な要因、諏訪湖でたくさん獲れた川魚であったことと、冬の寒さが生んだのが『岡谷風』なのでは」と推測する。

環境省は2013年、国際自然保護連合(IUCN)はその翌年、うなぎ店が一般的に扱っているニホンウナギを絶滅危惧ⅠB類としてレッドリストに掲載した。養殖に用いる天然の稚魚「シラスウナギ」は捕獲量が安定せず、価格高騰が続く。7月の需要期には絶滅の恐れと共に紹介されるウナギだが、供給過多による「うなぎ余り」も報じられている。ウナギを巡る不透明な流通経路、海流の変化などさまざまな要因が絡んで「不漁」、「絶滅」がさけばれている側面もある。

仕入れ値の高止まりは今後も続きそうだ。それでも今野さんは「うなぎ料理は岡谷、そして日本が守ってきた大切な食文化。次世代に残し伝えるために1尾1尾に感謝の気持ちを込め、最高の味で提供するのが料理店の務め」と気持ちを引き締めた。今年の土用の丑の日は27日だ。

■□……………□■

11日放送のLCV番組「NEWS+アイ」(午後5時~ほか)の4Kシリーズ「諏訪湖と共に」でも取り上げます。

おすすめ情報

PAGE TOP