保村早稲「最高にいい」 飯島さん水田視察

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水田を管理する塩澤正登さん(右から3人目)から説明を聞き、順調に育つ「保村早稲」を見渡した飯島輝男さん(右から2人目)=飯島城跡内の水田

中世に飯島町一帯を治めた飯島氏にルーツがある埼玉県吉川市の飯島輝男さん(87)が11日、飯島町を初めて訪れた。飯島さんが守り続ける吉川市のコメの在来種「保村早稲」が今年から、飯島氏が築城した同町本郷の飯島城跡内にある水田で栽培されており、その生育状況を視察。「最高にいい」と太鼓判を押し、「ご先祖様がこっちへ来いと呼び寄せてくれたんだと思う」と順調に育つ稲に目を細めた。

「保村早稲」が飯島町で栽培されるきっかけとなった出来事は今年4月。大相撲の土俵作りや、わら細工の伝承に取り組む飯島町の合同会社「南信州米俵保存会」の酒井裕司代表社員(44)が、吉川市の職人から土俵作りを引き継いだ関係で同市を訪問したことから始まった。

草丈が長く稲わらに最適な在来種があると紹介されて、出会ったのがコメ生産者の飯島さん。吉川市内で2軒しか生産していない「保村早稲」の種もみを譲り受けた酒井さんは、飯島さんから自身が飯島氏一族の子孫だと打ち明けられ、互いに奇跡的なつながりを感じる中で新たな交流が生まれた。

飯島城跡内の水田に足を踏み入れた飯島さんは、管理する塩澤正登さん(55)の案内で見学。草丈80センチほどに育った稲に見入りながら「風通しを良くするように、株間を広くして」などアドバイスもした。

飯島さんは「目には見えないけど、ご先祖様の力はすごい」と感慨深げ。塩澤さんは「今まで作ったことのない品種で最後まで気が抜けないが、飯島さんの思いを胸に刻んで最後まで作り抜きたい」と話した。

この日、飯島さんは弟の義男さんら6人で飯島町を訪問。町役場では下平洋一町長が出迎え、「保村早稲でわらの産業作りに希望を持って進んでいきたい。このご縁が深く太いものになれば」と飯島さん一行を歓迎した。

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