「日本のグライダーの父」 藤原咲平を追悼

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胸像の前に菊の花を手向け、手を合わせる参列者

諏訪市出身の気象学者で「日本のグライダーの父」と呼ばれた藤原咲平博士の追悼式「藤原咲平先生をしのぶ会」が13日、同市郊外の霧ケ峰の記念碑前で行われた。藤原咲平博士記念碑保存会が主催。県内外から親族やグライダー愛好者ら約50人が参列。生前の人柄や功績に思いをはせ、故人をしのんだ。

同保存会長の金子ゆかり市長は「今もなお輝く功績を改めて思い起こし、受け継いでいきたい」とあいさつ。博士のおいの藤原光人さん(89)=東京都=は「伯父が亡くなって70年近くたつが、長年追悼を続けてもらいありがたい」と感謝した。

参列者は1人ずつ、記念碑の胸像の前に黄色い菊の花を手向け、手を合わせた。記念碑はグライダー滑走路の近くにあり、涼やかな空気に包まれたこの日は、グライダーが空を飛び、参列者は空を見上げ、思いを巡らせていた。

60年以上グライダーに親しむ和田勝也さん(83)=東京都=は「大学の時に始めて、今も霧ケ峰に通って飛んでいる。グライダーができることに感謝し、毎年(追悼式には)足を運ばずにいられない」と話した。

博士は中央気象台長を務めたほか、霧ケ峰グライダー研究会を発足し、国内初の大会を開いた。 

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