上伊那スケート協会 65年間の競技会を回顧

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上伊那スケート協会は、今年2月の大会を最後に1951年から通算65年間続いた歴史に終止符を打った上伊那地区のスケート競技会の歴史を振り返る「想い出会」を26日、駒ケ根市のJR駅前ビル・アルパで開いた。関係者約30人が参加。思い出を語り合う一方、今後の冬季五輪に向けて代表選手育成に力を注ぐことを誓い合った。

スケート競技会は、終戦の6年後に始めた。第1回大会を飯島町内で開き、以降は名称を変えながら各地のリンクで実施した。「当時は上伊那各地で予選会を行い、競技会には毎回数百人が参加する盛況ぶりだった」(同協会)という。しかし、2000年から4年間続いた暖冬で結氷しないスケートリンクが相次ぎ、温暖化によるリンクの減少が加速。競技会参加者も次第に減り、協会は今年で競技会の運営に終止符を打った。

競技会で育った選手の中には、バンクーバー五輪代表の神津(旧姓新谷)志保美さん(36)=宮田村出身=や、2大会連続で五輪に出場し、日本のエースとして活躍している小平奈緒選手(30)=茅野市出身、相沢病院=らも含まれている。

想い出会には、スケート競技に励む現役中学生から88歳のOB選手まで、幅広い年齢層の会員らが出席。前協会長の鈴木明さん(79)=駒ケ根市=は「かつての大会は人数制限をするほどにぎわった」と回想し、2003―04年のワールドカップ500メートルで2勝した神津さんは「競技会で賞状をもらったことが日本代表選手への目標になった」と語った。

現在、協会には小学生~大学生の12選手が登録し、夏場はローラースケート、冬場は岡谷や長野市のリンクで練習に励む。伊那西高3年の松本芽依さん(18)=伊那市=は「2年後のピョンチャン五輪出場を目標に練習に励みたい」と意欲をみせた。

小平選手を中学1年から6年間指導した同協会の新谷純夫会長(66)=宮田村=は「競技会は終了するが若い登録選手には世界的に通用する有望な人材が多く、今後は協会としてこうした選手の育成と競技人口の拡大に努めたい」と話していた。

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