三六災害「濁流の子・補遺」 碓田さんが出版

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「濁流の子」「濁流の子・補遺」を手に、収録された子どもたちの作文原稿を見返す碓田さん

伊那谷に未曽有の豪雨被害をもたらした1961年の「三六災害」を体験した子どもたちの作文を発災直後から収集し、記録文集「濁流の子~伊那谷災害の記録~」を64年に発行した箕輪町木下の碓田栄一さん(74)が、活動の集大成となる「濁流の子・補遺」を自費出版した。眠っていた作文に再び光を当てようと、初刊文集に収まらなかった約700点などを収録。25日には「防災、減災に役立ててほしい」と、国土交通省天竜川上流河川事務所(駒ケ根市)に30部を寄贈した。

三六災害が発生した当時、碓田さんは伊那北高校(伊那市)2年に在学。教科書や参考書を流された受験生を支援しようと取り組みを始め、賛同者への返礼品として被災児童、生徒らの作文を収集するようになった。被災地の学校や自治体などの協力を受け集まった子どもたちの作文は約1000点。そのうち78点を抜粋し「濁流の子」をガリ版刷りで約500部発行した。

発災から30年を経た1991年に復刻。反響を呼び、同事務所はこの文集を災害教訓伝承活動のシンボルとして「伊那谷遺産」に選定し、後世に語り継ぐための資料として電子化なども進めてきた。

この日、同事務所を訪れた碓田さんは「濁流の子が生きた記録になったことをうれしく思う」とあいさつ。補遺を受け取った伊藤誠記所長は「被災者の声が住民の災害に対する心のアンテナを強くする。貴重な資料を独力で作り上げたことに頭が下がる」と感謝した。

補遺に収録した作文の生原稿についても今回、同事務所に託した碓田さん。「災害を体験した子どもたちのいろんな思い、災害の見方、さらにはどんな方法で避難したのか作文には生々しくつづられている。今回改めて手に取り『残さなけれなければ』という気持ちになった。私自身、三六災害の教訓を後世に残すお手伝いができて喜びでいっぱい。濁流の子は幸せな本だと思う」と目を細めた。
 同事務所では補遺を増刷し、学校や図書館、防災機関などに配布を予定。作文原稿も電子化して保存性を高め、関係機関で共有するほか、一般の閲覧もできるよう検討していく。

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