2019年8月15日付

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東京・明治神宮外苑競技場(国立競技場の前身)は雨にもかかわらず高揚感に包まれていた。太平洋戦争中の1943(昭和18)年10月21日、戦局悪化に伴う兵力不足を補うため、学生が戦場に送られた「学徒出陣」の壮行会である▼数年前に小紙に寄せられた読者の手記を読み返している。大正末生まれのその方は、見送りに来た女生徒の一人として学徒出陣の壮行会場に居た。東条英機首相の訓示に心は高ぶり、行進する学生らに日の丸の小旗を打ち振りながら、「万歳」を叫び続けたという▼その時、戦地に向かう若人らの胸にどんな思いが去来したのか“軍国少女”の自分には想像すらできなかったとつづる。数年後、戦没学生の遺稿集「きけわだつみのこえ」を開き、彼らの心を知る。自分の無知が情けなく、その思いは終生消えないと告白している▼沖縄嘉手納湾の米機動部隊に突入し戦死した池田町出身の上原良司の遺書で始まる同書を読むと、「戦争とは何か」との彼らの千思万考が、現在を生きるわたしたちへの問いかけとして心に迫る。上原青年も心から自由を希求し、その実現を後の世代に託している▼〈戦争を始めた日、その戦争のために、前途有望な学徒を死へ送った日、この日を風化させてはならない〉。先の女性からの投稿は、痛切な願いを込めた一文で締められている。先人の言葉がことのほか重く響く鎮魂と慰霊の日である。

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