描かれた無藝荘 蓼科高原映画祭実行委へ

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ベルビア2階の小津安二郎・野田高梧資料展示室に掲げられた大作「無芸荘」

小津安二郎監督(1903~63年)が晩年に仕事場とした茅野市蓼科高原の山荘「無藝荘」を描いた、下諏訪町の洋画家今井敦さん(1929~2016年)の大作「無芸荘」が、今井さんの妻壽子さん(85)=岡谷市加茂町=から小津安二郎記念・蓼科高原映画祭実行委員会に寄贈され、JR茅野駅前ビル・ベルビア2階の小津安二郎・野田高梧資料展示室に掲げられた。同市では29日まで小津監督を顕彰する映画祭が開かれており、壽子さんは「映画祭を訪れる皆さんに見ていただければ」と願っている。

今井さんは日展会友で蓼科高原にアトリエを構え、古民家や蔵などを題材に風景画を中心に描いた。生前、七宝や彫金を制作する壽子さんと展覧会も開いていた。「無芸荘」は縦1・6メートル、横1・3メートルで、2002年11月3日に完成。13年の示現会展に出品し、最後の作品となった。

小津監督は1956年、蓼科高原での脚本執筆を本格化させ、製糸業で名をはせた片倉家の山荘を借りて「無藝荘」と名付けた。東京から訪れる映画関係者を接待する場にもした。2003年に小津監督生誕100年記念事業として現在地に移築され、記念館として公開されている。

今井さんの「無芸荘」は移築前、蓼科高原の林間に人知れず残されていた無藝荘を描いた。アトリエが近くにあり、夏の開放時に訪ねてはスケッチを重ねた。壽子さんは今年7月、ベルビア2階にある画廊「みやこ美術」の小林義美さん(75)=諏訪市上諏訪=に相談し、小林さんを通じて実行委事務局の市観光まちづくり推進課に寄贈の意向を伝えた。

作品には小津監督が愛したいろり端や、映画関係者と酌み交わしたダイヤ菊の醸造元「大津屋」と書かれた徳利、壁際に積まれたまき、背負子、火鉢などが描かれている。小林さんは「小津監督が生活していた当時の匂いが出てくるような作品だ。蓼科に小津監督がいたことが改めてすごいことだと感じる」と話していた。

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