考想・諏訪湖11、自転車冒険家小口良平さん

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諏訪湖の魅力を語る小口良平さん

自転車で世界1周、157の国と地域、走行距離15万5502キロを走破した小口良平さん(39)=岡谷市山手町=の最初の大冒険は8歳の時、兄と一緒に成し遂げた自転車での諏訪湖1周だった。不安と高揚感に包まれながら力いっぱいペダルをこぎ、ゴールした時の達成感は、その後の世界1周への挑戦へとつながっていく。「諏訪湖のあるまちに生まれることができて本当にラッキー。世界を見たからこそ分かる諏訪湖の魅力を自転車を通じて発信していきたい」と語る。

8歳の小口少年の大冒険の始まりは下諏訪町の赤砂崎。当時の湖周は常に湖を見ながら走れるような今の環境はなく、湖畔を走ったり、湖から離れたりした。初めて通る場所も多く、「道に迷い、帰れなくなるのでは」という不安も感じた。湖周1周を成し遂げた喜びはひとしおだった。

高校卒業後は大学進学で古里を離れた。氷河期の中の就職活動も資格を生かして内定を手にした。それでも満たされない思いがあった。「これでいいのか。これが自分がしたいことなのか」。ぼんやり天井を見つめ浮かんできたのが諏訪湖1周の記憶だった。

「モヤモヤした思いを打ち破りたい」。そんな気持ちから自転車に飛び乗り、直感で箱根を目指した。途中で挫折しそうになり涙を流す小口さんに「涙は自分のためではなく、人のために流すもの」と声を掛けた高齢女性の激励を受けて奮起した。卒業旅行で訪れたチベットでは、人種の多様性に衝撃を受け、高校、大学、就職という一つの価値観に縛られ、勝手に自ら理由を付けて常に逃げてきた自分の生き方を変えたいと思った。「自転車で世界を巡り、多様なルールを見たい」。沈んだ気持ちを救った諏訪湖1周した思い出が今度は世界1周に挑む決心を後押しした。

サラリーマン時代は食事や飲み会のお誘いも断り続け、ほぼ毎日おにぎりだけの生活。約300万円の奨学金を完済し、残った約700万円を旅の資金とした。2007年3月からの日本1周を経て09年3月、オーストラリアを出発し、オセアニア、アジア、欧州、アフリカ、北米、南米を回った。交通事故やチフス、デング熱などの病を乗り越えた。カンボジアのある田舎町では、8人家族を支えるこわもての地元警察官が月収の約半分もの大金を見ず知らずの旅人である小口さんに託した。多くの苦難と人の優しさ、温かさに触れた自転車旅は16年9月、米国・ニューヨークで幕を下ろした。

帰国後、東京の街をどこかフワフワした気持ちで自転車こぎ、家族が待つ岡谷市に向かった。同年10月9日、最終ゴールの自宅に到着する前、諏訪湖畔に立ち寄った小口さんの目の前には子どもの頃の大冒険と変わらない風景が広がっていた。「諏訪湖に来てようやく『帰ってきた』と実感が沸いた」という。

諏訪湖畔を走り岡谷の自宅で終えた世界1周の旅は小口さんにとって「自分のために生きた人生の第1章」。今は自転車旅の経験を生かし、「誰かのために生きる第2章」を走り始めている。手記を出版し、講演活動に励む。自転車を生かしたまちづくりを目指す「諏訪湖八ヶ岳自転車活用推進協議会」を立ち上げ、ガイドサイクリングの推進を図り、スポーツタイプの自転車の駐輪設備であるサイクルスタンドの設置店拡大に力を尽くす。電動アシスト付きスポーツ自転車「eバイク」を活用した観光商品の開発にも取り組んでいる。

小口さんが自転車を生かした観光を諏訪で取り組むのは郷土愛と諏訪湖のあるまちが持つ潜在力の高さが理由。1周約16キロという初心者の自転車愛好者にとってもちょうどいい大きさの湖があり、街があり、山がある。オンロードもオフロードも楽しめる環境がある。自転車愛好者にやさしい雰囲気とサイクリングガイドができる人材が育ちつつある。「諏訪は世界でもまれなくらい自転車が面白い場所」。世界を見た小口さんが諏訪の魅力に太鼓判を押した。

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