開設40周年JICA駒ケ根 設置経緯の史料

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JICA駒ケ根青年海外協力隊訓練所の設置経緯について記した竹村健一元市長の複写原稿の一部

今年開設40周年を迎えた国際協力機構(JICA)駒ケ根青年海外協力隊訓練所が駒ケ根市内に設置された経緯について記した竹村健一元市長(在任1976~1988年)の直筆原稿の複写が、訓練所や協力隊の活動を支援する「駒ケ根協力隊を育てる会」名誉会長の高坂保さん(90)=同市小町屋=の自宅に保管されていることが25日までに分かった。訓練所は「訓練所に関する古い書類ははほとんど残っておらず、貴重な史料だ」としている。

複写原稿の文章は、竹村氏の回顧録「観生進退の記 役所生活五十年」に収められている。

複写原稿や同回顧録によると、訓練所の市内開設の発端は、1965(昭和40)年ごろ、開発途上国の青年たちの研修施設として亜細亜大学の 分校建設計画が浮上したことだった。計画は立ち消えになったが、その後、協力隊訓練所の 新設計画があることに目を付けた市内出身の外務省職員が誘致を地元に提案したところ、市は乗り気に。中央アルプス山麓の候補地を視察した国際協力事業団(現JICA)の上層部も、市街地や南アルプス連峰を見渡せる標高800メートルの好立地を大いに気に入り、訓練所の建設計画が始動した。

訓練所で過ごす隊員候補生の炊事、洗濯、トイレ、浴場などで発生する生活排水の処理が問題として挙がったが、当時設計が進められていた近隣の中央道駒ケ岳サービスエリアの浄化施設に排水パイプを直結させることで解決。工事は順調に進み、79年5月24日に開所式が執り行われた。

複写原稿は400字詰めで18枚に及ぶ。高坂さんによると、自身が市教育長を務めていた90年代初期に訓練所職員から譲り受けたものだといい、「竹村氏が原稿を書き終えた後、事実確認のために訓練所に渡したものではないか」と推測する。

訓練所の清水勉所長は「今では当たり前のように職員が仕事をしたり隊員候補生が生活したりしている訓練所だが、その建設のために奔走した先人の苦労や努力、考えがあったことが改めて分かる」と話している。

訓練所では26日、開設40周年記念式典が開催される。高坂さんは祝辞を述べる予定だ。

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