考想・諏訪湖12、野鳥の会諏訪支部長林さん

LINEで送る
Pocket

「渋のエゴ」の思い出を語る林さん

日本野鳥の会諏訪支部長を長年務める林正敏さん(75)=岡谷市川岸東=は幼少の頃から諏訪市豊田の諏訪湖畔(現在の諏訪湖流域下水道豊田終末処理場)にかつてあった入江状の水生植物帯「渋のエゴ」が大のお気に入り。エゴは昆虫類が集まり、魚類の産卵の場で、陸地の生き物や水辺の野鳥の生息地でもあった。「鳥、魚、虫など多くの生き物が育まれる豊かな諏訪湖になってほしい」。そう願う林さんの水辺の自然を考える原点は「渋のエゴ」にある。

エゴはかつての諏訪湖に大小の群落が複数存在しており、この中で最大の規模だったのが「渋のエゴ」。1973年2月発行の「渋のエゴ調査報告書」(同調査委員会、諏訪市調査委員会)によると、鴨池川、武井田川にはさまれた湾口の幅は約300メートル、奥行きは約600メートル。72年3~10月に行った調査では、水生植物を44種確認し、底質は水深1メートル以内の浅い場所は砂地、1~3メートルは泥質の部分が多いと考えられた。沖に向かってさまざまな貝類やエビなどが生息し、魚類の産卵、隠れ場所としても重要だった。エゴ内部から採取された魚類はフナ、コイ、モロコなど12種類で多くの卵を産み付け、幼魚の格好のすみかだった。

鳥類は調査時に50種を確認し、オオヨシキリ、コヨシキリ、バンなど5種の繁殖を確認。日本野鳥の会諏訪支部は70年1月~74年12月の5年間にわたる調査を行い、131種を確認した。

諏訪湖は60年代から、周辺地域の人口増、産業の発展、生活水準の向上に伴い、湖の富栄養化が急速に進んでアオコの発生、悪臭などが社会問題化した。諏訪湖の水質浄化に向け、県は渋のエゴの場所に流域下水道の終末処理場を整備した。供用開始後は富栄養化は改善に向かい、アオコは激減。透明度が向上し、今では、水質的には泳げる水準に回復した。

一方で林さんは「諏訪湖にとって一番豊かな水郷を失ってしまったのは残念」と語る。治水を目的とし、湖岸をコンクリートで覆う工事が67年度から進み、71年度の流域下水道の事業着手に伴って渋のエゴは消滅した。林さんは「諏訪湖の生き物にとっては最悪の時期だった」と振り返る。

その後、住民主導の運動で諏訪湖の生態系の回復を求める機運が高まり、ヨシやマコモなどの植栽が進んだ。「最悪期は脱した」(林さん)と考えるが、「渋のエゴがあったころに比べれば、多くの鳥が集まり、繁殖できるだけの環境はない。鳥を頂点とした食物連鎖を支える魚や昆虫、植物などは当時ほど豊かではない。鳥は空を飛べるので生息環境が悪くなれば、離れ、戻らなくなる」と語る。

諏訪湖は古くより水鳥の多さから「鵞湖」と呼ばれていた。「諏訪湖に到達した旅人が湖面の様子を見てそう表現したのでは」と当時に思いをはせる林さん。そんな湖になるために「水の中から、湖底から改善を図っていかないといけない。生き物目線を大切にしてほしい」と話した。

おすすめ情報

PAGE TOP