2019年11月8日付

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花の季節には、その色香に感覚器官が敏感に働き、いつもと同じ通勤の道も違った景色に見える。特に桜に彩られる時期は車のアクセルを踏む足の力も少し緩む。一方で、暮秋の景を彩る「名残の紅葉」のもの悲しさも味わい深い▼季節は過ぎたと承知しながら、まだどこかに赤や黄色はないかと目を配る。桜も紅葉も盛りを見ることで満足していた若い時分とは違い、何事にもよらず「名残」というものに心が動く。年を重ねることによって生じた心情の変化を、幸田文が随筆につづっている▼いっとき身を絢爛に染め上げた木々の葉が、やがてハラハラと舞い落ちる。花よりも優雅に鮮烈に。季節の移ろいに優しいまなざしを向ける作家は〈これほど美しいいのちの果というものが他にあろうか、と思う〉(「幸田文 季節の手帖」平凡社)と書いている▼豊かな色彩を見せてくれる日本の四季に感謝するばかりだが、近年は異常気象が気にかかる。県内にも記録的な大雨をもたらした台風19号の被災地では、復旧への取り組みが始まったばかり。被災された方は、日々移ろう季節の変化を感じている余裕はないだろう▼名残の紅葉に一抹の寂しさを覚えながらも、来るべき春に備えて葉を落とす木々に再生への希望を見いだしたくもなる。「立冬」を迎え、冬の気配もいよいよ強まってくる。耐える日々が続くであろう被災地に人の心の温かさを届けたい。

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