2016年07月11日付

LINEで送る
Pocket

あれから10年。今も少し降雨量が多くなっただけで、何とも言えない不安感が胸をよぎる。平成18年7月豪雨は被災者はもちろんだろうが、直接の被害を受けなかった者にも、身近な場所が大きな災害を受けたという強烈な記憶を爪あととしてしっかりと残している▼2006年7月19日午前4時過ぎの箕輪町北小河内区中村地籍。取材に入った記者の目に入ってきたのは、おびただしい量の土砂と根の付いたままの大木。その上に乗っかっている乗用車。家屋の1階部分は大きくえぐられ、一帯を泥が占領する惨状だった▼「60年以上住んでいて初めて」と話した同地区の80代の女性。災害がない町―と聞いていただけに、ショックが大きかったという。地区内には3万~4万立方メートルの土砂が流入し、住家・非住家含め41棟が全壊や一部損壊、床上・床下浸水の被害。幸いだったのは犠牲者がいなかったことだろう▼同町に限らず豪雨災害は、今後の防災や災害対応への意識を変えるきっかけになった。各地で自主防災組織や防災マップの作成が加速しつつあり、自助、共助、公助なる言葉も一般化した様子だ▼昨今の災害は特に、時と場所を選ばず降りかかってくる。だが、各地の防災訓練の参加者は、まだ限られた層のみ。”その時”どうするのか。豪雨災害の記憶を教訓とするためにも年齢や性別、立場に関係なくきちんと向き合う必要に迫られている。

おすすめ情報

PAGE TOP