2016年02月21日付

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かつて、その地はスミレ咲く野原だったそうだ。国道バイパスが整備され、区画整理で新しい街が出来上がった今ではイメージすらできない。公衆浴場の「すみれ野湯」が駒ケ根市経塚に開業したのは1962年。伊那谷を襲った集中豪雨による三六災害の翌年のことだ▼2代目の経営者、堀内宏一さんによると、自営の瀬戸物店でタイルを扱った縁で左官業者の親方をしていた堀内さんの父親が、当時の市長から頼まれ、自前で建てた銭湯だった。開業場所が三六災害で被災した人たちを受け入れた災害復旧応急仮設住宅や災害公営住宅にも近かったと聞いて、その役割が想像できた▼街から銭湯が姿を消している。およそ50年前、公衆浴場の組合に加盟する銭湯は県内に300軒以上もあったそうだが、現在はその10分の1以下。南信地方の減少は著しく、伊那谷には1軒しか残っていない▼住宅環境や生活様式の変化が銭湯の経営に影響したのかもしれない。集客力があるスーパー銭湯等に客足を奪われたことも一因とされる。施設が老朽化しても後継者がいない中では更新に踏み切れない現実もあるらしい▼「すみれ野湯」では、創業間もない頃から提供する薬湯が自慢という。薬草を自家栽培して続けているサービスは、地域の人たちのふれあいの場であり憩いの場―との思いで街の銭湯を守る2代目の心意気だろう。薬湯につかれば心までも温まる。

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