波乱万丈の日根野三代 高島城で企画展

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高島城で開かれている企画展「高島城築城と日根野家│弘就・高吉・吉明 日根野三代」

高島城で開かれている企画展「高島城築城と日根野家│弘就・高吉・吉明 日根野三代」

諏訪市の高島城で、企画展「高島城築城と日根野(ひねの)家-弘就(ひろなり)・高吉(たかよし)・吉明(よしあきら) 日根野三代」が開かれている。豊臣秀吉の家臣で諏訪の領主として高島城を築いた日根野高吉(生年不詳~1600年)に加え、高吉の父の弘就、子の吉明にも光を当てた。戦国時代に生きた日根野一族に関する説明文や同家考案のかぶとの写真など約10点を展示している。

高島城などによると、日根野家は和泉国(現大阪府)の荘官の家系で、弘就は斎藤道三の子の義龍に仕えるなど斎藤家の家臣として活躍。20年近く織田信長に抵抗したが、最後は信長に仕えた。高島城職員は「敵対していた信長に許されて仕えた。戦(いくさ)の強さなど実力が認められたからではないか」と推測する。

日根野一族は秀吉の天下統一に向けた小田原攻めにも参加。働きぶりが認められ、諏訪の領地を与えられたという。高吉は1598年、約7年の歳月をかけた高島城を完成させ、城下町の整備や検地などを行った。

高吉の死後、14歳で家督を継いだ吉明は関ケ原の戦いで徳川勢の上田城攻めに参加。その後間もなく諏訪頼水の諏訪への復帰に伴い現在の栃木県、さらに大分県に移されて1656年に死去。跡継ぎがおらず、大名家としての日根野家は途絶えたという。

NHK大河ドラマ「真田丸」の真田家同様に戦国の世を生きた点や、諏訪市博物館で開催中の企画展で諏訪氏の三代を取り上げているのにちなんだ。高島城では「日根野三代は波瀾(はらん)万丈で戦国時代の典型の家系だったとも言える。どう生き抜いたか知ってほしい」と話している。

9月25日までで期間中無休(8月25日は午後0時30分から臨時休館)。

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