スイセン植え続けた松木さん 娘夫婦が紙芝居

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赤沼のスイセンを長年育てた松木幸雄さんを物語る大型紙芝居と制作した小野川三四さん(左)と恵美子さん

「赤沼をスイセンの街にしたい」と半世紀余にわたり、諏訪市赤沼の上川土手や河川敷にスイセンを育てた故松木幸雄さん。松木さんの取り組みを、長女夫妻の小野川三四さん(72)と恵美子さん(72)=同市大手1=が大型紙芝居にした。松木さんは5年前91歳で亡くなり、以来三四さんが義父の足跡を物語る水彩画を描き、恵美子さんが文を担当。2人は「ただ黙々と植え続けた父。その後ろ姿を思い出すたびに記録に残せたらと思い続けてきた」という。諏訪の春を告げる上川のスイセン、その誕生を記す紙芝居となっている。

松木さんがスイセンを植え始めたのは、近所の人たちと花き栽培を始めた昭和30年代後半。このうちスイセンは年々増え、余った球根は地域の人たちの手で土手に植えられた。春になると記念樹のソメイヨシノと共演、黄色とピンクの春の風物詩を生み出している。

この光景は、河川敷まで広げるきっかけとなった。「村をスイセンの里にできれば」と、農作業の合間に縦横無尽にはびこるヨシの根を切り払い、クワで土を掘り起こして施肥、土作りから始めた。1990(平成2)年にはすでに30万球を植えるまでに拡大した。

2006(平成18)年の大豪雨で20センチほどの土砂に覆われたが、近くで災害復旧工事をしていた人に助けられた。昨年秋の台風19号では球根を覆っていた土が流され、赤沼区民の有志によって修復された。

紙芝居はこうした過程を全17枚でつづっている。球根を土手に植えたころからスタート。近くの園児が列をなして散歩したり、地区のお花見会、そして松木さんの願いが引き継がれ「今年も見事に咲きました」で完結している。

絵を描いた三四さんはもともと絵に興味があり、定年退職を機会に絵画を深めたいと洋画家の今井芳文さんに師事。紙芝居作りは、恵美子さんが刊行した冊子「諏訪の道祖神」の挿絵が始まりで、諏訪地方や郷里の新潟県魚沼市に伝わる民話、昔話を描き、中山道を踏破して絵巻仕立てにもした。近年は下諏訪町図書館に依頼され、大型紙芝居「でえらぼっち」の原画を担当している。いずれの作品もほのぼのした雰囲気を醸す。

夫妻は「ここ数年気になっていたことが節目となった。父の思いが少しでも伝わればうれしい。希望者があれば貸し出したい」と話してる。問い合わせは恵美子さん(電話080・7748・6550)へ。

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