野田高梧の創作 蓼科シナリオ研究所開館

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野田高梧の8ミリフィルムを観賞しながら山内美智子さんの説明を聞く中井貴惠さん(左から2人目)ら

野田高梧の8ミリフィルムを観賞しながら山内美智子さんの説明を聞く中井貴惠さん(左から2人目)ら

日本映画界の巨匠、小津安二郎監督(1903~63年)ら多くの映画人を茅野市の蓼科高原に招いた脚本家、野田高梧(1893~1968年)が残した資料を保存、公開する「野田高梧記念蓼科シナリオ研究所(新・雲呼荘)」のオープニングセレモニーが23日、蓼科高原の山内山荘で行われた。小津・野田両家や映画界、地元の関係者ら約50人が出席。昭和30年代に蓼科を仕事場にした盟友2人の創作活動に触れる新たな拠点の完成を祝った。

野田が過ごした蓼科の山荘「雲呼荘」などに残された膨大な資料の散逸防止と公開につなげようと、資料を受け継いだ脚本家の渡辺千明さん、山内美智子さん夫妻が一般社団法人「野田高梧記念蓼科シナリオ研究所」(東京都)を設立。野田の娘婿で脚本家の山内久、長女玲子夫妻の山荘の離れを改装した。

研究所は築25年ほどの木造平屋建て(延べ床面積約40平方メートル)で、野田の妻静が晩年の夏を過ごした建物。野田の年表、雲呼荘を訪れた映画人や地元の人々がパネルで紹介され、日記や脚本の原本も展示された。蓼科や小津を野田が撮影した8ミリカラーフィルムを修復し、テレビで放映している。

研究所によると、23日までに整理が終わった閲覧可能な資料は、シナリオや蔵書を中心に434件。雲呼荘を訪れた映画人が書き込んだ野田の日記帳「蓼科日記」(1954~68年)の原本全18冊をはじめ、野田直筆の原稿、映画人と交わした手紙、戦前戦後の映画雑誌などがある。

セレモニーは研究所の前庭で行われ、研究所代表理事の美智子さんは「たくさんの皆さんのおかげできょうを迎えることができた。まずは3年間頑張ってしっかりした施設にしたい」とあいさつ。蓼科ゆかりの俳優佐田啓二の長女で小津監督が孫のようにかわいがった女優の中井貴惠さん、日本シナリオ作家協会の加藤正人理事長らが祝辞を寄せた。

東京国立近代美術館フィルムセンター(東京)の笹沼真理子さんが野田の足跡を解説したほか、関係者が「新・雲呼荘」と書かれた表札を除幕した。

加藤理事長は取材に「野田高梧は脚本を理論的に考え、確立した人物。脚本家にとって父親的な存在で、彼の『シナリオ構造論』は今なお脚本家のバイブル。ここを拠点に合宿をするなど協力できることがあれば」と話していた。

研究所の開館期間は11月ごろまで。時間は午前10時~午後4時で水曜休館。入館料は400円。問い合わせは、同研究所(電話0266・67・2058)へ。

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