終戦前後の公文書 駒ヶ根市立博物館に現存

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終戦直後に中沢村長が村内の区長宛てに送った文書

上伊那地方の行政機関などが1945(昭和20)年8月15日の終戦前後に作成した太平洋戦争関連の公文書が複数、駒ケ根市立博物館に現存することが、19日までに分かった。同博物館の専門研究員・小木曽伸一さん(71)が発見した。当時の動向がうかがえる内容で、小木曽さんは「このような貴重な史料が処分されずに残っていたとは」と驚きを隠さない。

同博物館が収蔵する赤穂町(現同市赤穂)と中沢村(現同市中沢)の公文書の中から見つかった。小木曽さんは4種類を重要視する。

一つ目は「情報蒐集ニ関スル通報ノ件」(同年6月29日付)。旧日本陸軍の大尉から中沢村長に送られたこの文書では、軍部と民衆の関係を裂こうとする者の存在を「遺憾」とし「思想的ニ動向不穏」な者などがいれば軍に通報するよう要請した。

次が、終戦間もない同年8月21日付で、上伊那地方事務所(現上伊那地域振興局)所長が地元の町村長宛てに送った「戦争完勝ノ為ノ印刷物ニ関スル件」だ。戦争協力の世論を形成するための 宣伝ビラやポスター、パンフレットなどを街中から直ちに撤去し、焼却するよう通知。この文書も焼却するよう求めた。小木曽さんは「進駐軍にとがめられると思ったのだろう。後ろめたさを感じながら戦争を進めていたのではないか」と推察する。中沢村長が同様の内容の文書を村内の区長に送ったことも判明した。

三つ目は「町民慰安映画會開催ノ件」(同年10月10日付)。「赤穂登戸研究所」主催の映画会(赤穂町後援)について、町長が町内会長らに案内した文書だ。ただ、終戦2カ月後に映画会を企画した意図など詳細は不明だ。旧日本陸軍の秘密機関「登戸研究所」については、戦争末期の中沢村に施設があったことが知られている。小木曽さんは「『赤穂登戸研究所』との名称から赤穂にも施設か何かがあったのだろうと推測できる。調べなければ」と話す。

最後は、上伊那地方事務所所長が町村長に送った「聨合軍進駐ニ関スル件」(同年10月25日付)。敵だった進駐軍を「萬幅ノ誠意」を尽くして迎え、好感を持ってもらうよう努めることを求めた。

小木曽さんによると、見つけた公文書のほとんどは研究が進んでいない。今後、戦中や終戦直後の上伊那地方の実情を探る手掛かりとなる可能性がある。

小木曽さんは、市立博物館で6月2日から8月30日まで開催される企画展「上伊那地方に疎開した陸軍登戸研究所の真実」でこれらの文書を展示する考えだ。

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