2020年5月21日付

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ある取材の際、県外からの移住者と話す機会があり、たわいもない話をしているうちに少し違和感を覚えた。それは「長野」に対するイメージの違い。県外者にとっての「長野」は当然「長野県」なのだが、県民にとっての「長野」は必ずしも「長野県」ではなかったからだ▼われわれ中南信地域に住む人が「長野に行く」と言えば長野市もしくはその周辺に行くこと。他県民から出身県を聞かれた時は「長野」ではなく「信州」と言いがち。わたしたちはさまざまな場で「長野」と「信州」を使い分けている▼長野県は山に囲まれた土地で、「信濃の国」で歌われるように、盆地ごとに一つの文化圏、生活圏を形成する。つまりひと山越えれば文化が異なるということ。「長野」以外の地域の立場だったら、なぜ自分たちの地域も「長野」と言わなくてはいけないのかと違和感を覚えるのも当然なのかもしれない▼現在の長野県は1876年当時の長野県と筑摩県が統一されて誕生している。新たに誕生した県庁は、県北部の長野市に置かれたことから、統一後には移庁論や分県論が渦巻き、現在に至る長野と松本の対立構造を生んでいる▼諏訪人のわたしにとって両者の対立はさほど関心ごとではないのだが、「信州」や「信濃」という言い回しであれば、県民・信州人の気候・風土・気質を表すのにふさわしく、どこかの地域に偏ることもない表現に思える。

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