諏訪の「和算」文化紹介 諏訪市博物館

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和算家の伊藤定太と門弟が諏訪大社上社に奉納した「算額」

諏訪市博物館は4日から、和算の問題と解法、答を記した算額の特別展「諏訪大社上社下社の算額」を始める。下金子村(現諏訪市中洲)出身の和算家、伊藤定太(1842~1907年)と門弟たちが諏訪大社上社、下社に奉納した算額2面と、そこに掲載された計24問の図形問題を紹介し、先人の旺盛な知的好奇心を披露している。

市博物館によると、和算は江戸時代に発展した日本独自の数学で、研究者から寺小屋でそろばんを学ぶ庶民まで、多くの人が楽しんだ。当時の人々は難問が解けたことを神仏に感謝し、算額にして寺社に奉納。大勢の人が集う境内に掲げられるため、研究発表の手段でもあったという。

伊藤定太は武家に生まれ、13歳で上金子村(現諏訪市中洲)の後藤庄五郎の算塾に入った。同村の矢沢鶴五郎に和算を学び、高島藩に勤めた後、20歳のときに江戸の和算家、長谷川善左衛門弘に弟子入りした。大政奉還後は諏訪に戻り、農業の傍ら数学塾「皇洋普通数理学舎」を営み、諏訪大社に算額を奉納する。

算額は上社額堂と下社幣拝殿に掲げられていた。14問が記載された上社算額(縦64センチ×横437センチ)は1879(明治12)年2月に、10問が記された下社算額(縦68センチ×横313センチ)は68(慶応4)年9月に奉納された。今年3月に修復事業が完了したことを記念し、諏訪大社から借りて同館で特別公開した。

展示された算額は序文を定太が担当し、図形問題は上諏訪や下金子、豊田、宮川などの門弟が執筆した。関、中澤、五味、茅野、平林、矢花、河西、黒澤といった名前がある。会場では、算額の問題と解法の用紙を配布し、子どもが楽しめる和算も紹介。江戸時代の算術書「塵劫記」や、定太が出版した計算書も展示した。

同館の嶋田彩乃学芸員は「和算の文化が諏訪にもあったことを知ってほしい。じっくり問題を解きたい人のために問題用紙も用意しました。江戸時代の人たちが楽しんだ和算にぜひ挑戦してみてください」と話している。

10月4日まで。月曜休館。通常の入館料(一般310円、小中学生150円)で鑑賞できる。

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