古墳時代中期の勾玉 宮田の清水さん村に寄贈

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宮田村大田切で見つかった勾玉と寄贈した清水英男さん

宮田村大田切の清水英男さん(90)は14日、約60年前に大田切にあった生家の畑で見つけた勾玉(まがたま)1点を村に寄贈した。村教育委員会によると、勾玉の形や石材などから古墳時代中期(4世紀末~5世紀末ごろ)のものとみられ、村内で確認されている古墳より古い時期の考古資料の可能性があるという。村民会館で寄贈式が開かれ、清水さんは「宮田村の皆さんたちに見てもらいたい」と長嶋良子教育長に手渡した。

戦時中の満州(中国東北部)で細菌兵器開発のために人体実験を繰り返していたとされる「731部隊」に所属していた清水さん。帰国後の昭和35(1960)年ごろ、30歳ほどの時にJR飯田線の東側にあった生家隣の桑畑を通ると、勾玉が地面の上に出ていたという。以来、自宅で大事に保管していた。

勾玉は長さ約3.9センチ、幅約2.7センチ。C字形で、軟らかく加工しやすい滑石(かっせき)で作られていることから、村教委文化財担当係長の小池勝典さん(43)は古墳時代中期の勾玉と判別。一方、村内で確認されている古墳7基はいずれも古墳時代中期末(5世紀末)以降に構築されたと考えられている。勾玉は古墳の副葬品として出土することが多いが、大田切で古墳や古墳時代の集落跡は見つかっていない。

小池さんは「採集地点付近に古墳があったとすれば、村内でも最古級の古墳であった可能性が出てくる。調査することで上伊那の古墳時代史が塗り替えられる日が来るかもしれない」と推測した。

清水さんは「私が持っていてもここに遺跡があるか分からない。珍しいものを世の中に出してあげなければ」と話した。

長嶋教育長は「宮田村や伊那谷の古墳時代を考察する貴重な資料となる。後世に伝えていきたい」と感謝した。

■一般への公開検討

今後、勾玉を一般に公開できるよう検討を進めている。

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