2016年08月03日付

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「魚になるまで泳げ」。水泳競技を見ていると、この言葉を思い出す。自由形の元競泳選手で日本オリンピック委員会長を務めた古橋広之進さん。言葉通りの覚悟で、戦後間もなくの世界水泳界をリードした。2009年に亡くなったが、きのうが命日だった▼リオデジャネイロ五輪が始まる。男子の競泳陣は北島康介選手や入江陵介選手など、最近の五輪で活躍が目立つ。しかし個人の自由形に限れば、メダリストはローマ五輪(1960年)以来出ていない▼古橋さんは茅野市蓼科の合宿で毎日1万メートル以上泳ぐなど厳しい練習を積み、国際大会で世界新記録を連発した。世界を驚かせただけでなく敗戦国の国民を勇気づけた。当時の”世界最強”だったが、不運にも五輪には縁がない。たった1度のヘルシンキ五輪(52年)は体調不良のため400メートル8位に終わった▼同五輪の1500メートルで銀メダルを獲得したのが橋爪四郎選手だ。古橋さんとは日大水泳部の同期生だった。友の心情を思いやった。「彼(古橋)と一緒に練習して、彼のおかげで記録を作れた」と、古橋さんが亡くなるまで自分のメダルを他人に見せなかった▼名選手にはよき仲間、よきライバルがいる。古橋さんは生前「自由形が活躍しなければ、日本の水泳が復活したとはいえない」と話していたそうだ。きっとリオの空の上から「魚になるまで泳ぐんだ!」と選手を励ますことだろう。

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