2020年8月6日付

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不確定性原理を発見し、量子力学の確立に貢献したドイツの物理学者ウェルナー・ハイゼンベルク(1901~76年)は第2次世界大戦前夜、米国移住を促す学者仲間の誘いを断り、ナチス政権下のドイツにとどまる決心をした▼友人は〈非常に困難で危険があり、やむを得ずにした妥協によって後日非難され、処罰される〉と忠告した。ユダヤ人物理学者を擁護し「白いユダヤ人」と言われながら、ハイゼンベルクはなぜドイツに残ったか▼彼は若者を守り、戦後ドイツの科学を発展させたいと願った。全ての国民が安全な場所に逃げることは不可能だ。若者が移住先で職を見いだすのも難しい。狂信者に祖国を委ねるのではなく、各人が悲劇を未然に防ぐ努力をすべきだと。1969年の著作「部分と全体」(山崎和夫訳)にある▼当時の物理学者は、どこにいても「原子爆弾の開発」をその国の政府から求められた。それを達成すると信じさせる実績がハイゼンベルクにはあった。ヒトラーが原爆を手にする事態を恐れた米国は巨費を投じて原爆を製造し、ナチス崩壊後の45年8月6日、人類史上初めて広島に投下する▼ドイツは原爆開発に失敗した。ハイゼンベルクがそう仕向けたとの見方もある。天才でも運命には逆らえない。自ら行動を決定し、責任を負うだけだ。逃げないことが破局を阻止する努力に拍車を掛ける。彼はそう書き残した。

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