2020年9月7日付

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生育の盛りに長雨、日照不足が続き、稲の実りを心配したが、気づけば穂がこうべを垂れて黄金色に変わり始めている。春先から異常続きの今年は自然の例年通りの営みがうれしい。農家も胸をなで下ろしていることだろう▼信州の酒蔵では新酒の仕込みがじきに始まる。以前、見学させてもらったが、作業の繊細さと厳しさは想像をはるかに超えていた。最初の洗米作業から緊張がみなぎる。米をさらしで包んで冷水を張った桶に浸し、杜氏が2人がかりで端を交互に引き合って研ぐ。米が溶け崩れないように作業は秒単位だ▼研いだ米はまるで小さな真珠玉。研ぎが過ぎればうま味が薄れ、足りなければ雑味が混じる。「酒を磨く」の表現はここにある。続く麹作りはサウナのような室内で相撲のごとき力業。蒸したての米を素手で混ぜ、全身を真っ赤にして時間、温度と勝負する▼丁寧な技から生まれる自慢の銘酒の中でも、この時期の「ひやおろし」は夏越しの熟成を経て、1年で最もうまみが乗るそうだ。今年は9日に発売解禁。にぎやかな酒宴はかなわずも虫の調べ、月の光を愛でる静かな酒もまた一興▼酒販市場も苦戦が続いていると聞く。が、天候や社会情勢がどう変動しようとも、長年の経験と知識の則を堅く守り、常に最高を目指す蔵人の仕事ぶりは揺るがない。杜氏こん身の一献が、感染症の拡大でついざわつく心に打ち水をくれる。

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