2020年9月19日付

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古典落語の名作「文七元結」は江戸っ子の意気(粋)と人情が大団円につながる人情噺。三遊亭円朝(1839~1900年)の創作で、江戸の町を闊歩する明治新政府の薩長土肥を風刺したとも言われる▼「元結」とはまげや日本髪を結う紙ひものことで、信州飯田の元結を美濃出身の紙漉き職人桜井文七が元禄の江戸に広め、文七元結として定着した。人情噺の大ネタに県内ゆかりの職人や品物が残っているのは誇らしい▼ただ、幸せな時間はそう長くは続かない。明治初年の断髪令で元結の需要が激減した。飯田の人々は元結を改良し、農閑期の手仕事だった水引で活路を開く。加工品としての飯田水引は今、全国シェアの7割を占め、「細くて白くて切れない文七元結」は大相撲や歌舞伎、時代劇を支える▼落語の文七は、大店に奉公する身寄りのない若者だ。立川談志(1936~2011年)は「陰日向がない、仕事に一生懸命で、途中で投げ出したりしない」男と評した。そこに信州人の気質を重ねるのは小欄だけだろうか。首相に就任した菅義偉さん。秋田の農家を出た苦労人と聞くが、家業を守った人々の歳月を思う▼水引や元結の「結ぶ」には「願いを込める」という意味があるそうだ。コロナ禍で伝統技術を失う瀬戸際にあるという。新しい生活様式やデジタル化の奔流が、義理人情まで押し流していく。市井の人々が主役の世を願う。

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