東京大空襲克明に 伊那の春日さん体験記

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東京大空襲を体験した自身の記憶をつづった春日さん

東京大空襲を体験した自身の記憶をつづった春日さん

伊那市美篶の元高校校長、春日輝海さん(90)が戦争体験記をつづり、自身が代表を務める美篶9条の会の冊子「私達の戦争体験」と、上伊那郷土研究会誌「伊那路」第60巻第8号(8月発行)の戦争特集に原稿を寄せた。400字詰め原稿用紙で40枚にもなる大作で、春日さんは「今の日本の動きが、戦争が始まろうとしていた頃に似ているように思えてならない。だからこれを書かなきゃいられなかった」と話す。

執筆した「私の戦争体験~東京における学生時代」は、東京高等師範学校の学生として東京で過ごした4年間の記憶だ。1944年に入学した春日さんは、東京大空襲を大塚で体験。3度の夜間大空襲で見たこと、感じたことを克明に伝えている。徴兵猶予の特別措置がとられていた高等師範学校でも、学徒動員法により勤労動員されることになったことや、消防署への動員が行われたことも記した。

体験記では、45年5月25日の大空襲の記憶が生々しい。

―頭には鉄兜を被り、肩からかけた手製のズックの袋の中に、一番大事な数学の本と郵便局の貯金通帳を入れて、それだけはどんなことがあっても、肌身離さず持って逃げた。逃げる途中、大きな火のため、凄い風や竜巻が起きた。その竜巻で大きな荷車が舞うように持ち上がるところも見た。印刷工場が燃えているのか、遠くから燃えている紙のようなものが落ちてきた…

東京で夜間大空襲があった3月10日、4月13日、5月25日が来ると、戦後71年たった今でも「ああ、きょうだったな」と思い出すという。「命懸けだったから、それは忘れない」と春日さん。「戦争体験者のほとんどが後期高齢者となり、戦争がどれぐらいみじめなものか、苦しいものかということを知る人がいなくなっている。最近は戦争をゲームみたいに思っている人もいる」と心配する。

強化されていく戦時体制を少年時代に体験した。「あの頃の自分は、南京陥落と聞いて、そのときに向こう(南京)の人たちやその家族はどうなんだろうと思うこともなかった」と振り返る。終戦の日を迎え、「戦争がいかにいけないかということを、一人でも多くの人に知ってもらいたい。大海の中にスポイトで落とすたった1滴の水かもしれないが」と語った。

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