県内の本土決戦準備解説 登戸研究所資料館長

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駒ケ根市公民館協議会は20日、市平和講演会を同市の赤穂公民館で開き、明治大学平和教育登戸研究所資料館(川崎市)の山田朗館長が「本土決戦準備と長野県~松代・安曇野・駒ケ根」と題して講話した。約70人が聴講。第2次世界大戦末期、長野県を最後のとりでに本土決戦の準備が進められていた歴史を振り返り、平和の尊さを考えた。

登戸研究所は陸軍の秘密戦兵器や資材を専門に開発する機関。戦況が悪化した第2次大戦末期には、本土決戦に備えて組織の一部が分散移転され、駒ケ根市の中沢地区にも研究施設が移転されている。戦後、川崎市の研究所跡地には同大生田キャンパスが建設され、構内に残る当時の研究施設は現在、資料館として活用されている。

講演で山田館長は、同研究所の役割や歴史について解説。研究所には電波兵器や風船爆弾を開発した第1科、毒物や生物化学兵器などを手掛ける第2科、偽札を製造した第3科、兵器の量産する第4科があり、本土決戦に備えて安曇野には第1科、上伊那には第2、4科が移転されたという。

中沢地区では、民間人を装ったゲリラ部隊の携帯兵器として「放火用の謀略兵器が生産されていた」とし、本土決戦の際には、大本営のある松代(長野市)を守る防衛拠点として戦場となった可能性を指摘。平和を考える上でも地域の戦争の記憶を保存、活用し、「わたしたちがちゃんと引き継いでいく必要がある」と訴えていた。

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