インドネシア独立戦争加勢の日本兵書籍で紹介

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駒ケ根市の実家に届いた書籍「神になった日本兵」

「日本が統治を終えた後、次の統治を目的に侵攻したオランダ軍と戦ったインドネシアの独立義勇軍に加勢した元日本兵がいた」―。駒ケ根市菅ノ台に実家があり、現在はインドネシア・バリ島在住の村澤崇宏さん(38)が、太平洋戦争後のインドネシア独立戦争に協力した元日本人兵士2人の姿を紹介した書籍「神になった日本兵」を、現地で自費出版した。インドネシアでも限られた地域しか知られていない事実。本は駒ケ根の実家に届き、家族は「多くの人に読んでほしい」と地域の図書館へ寄贈する計画だ。

村澤さんは飯田市生まれ。駒ケ根市の小中学校、伊那北高校(伊那市)を卒業後、家族旅行で訪れたことのあるインドネシアへ渡り、同国立パジャジャラン大学でインドネシア語を習得。バリ島の旅行社ラマツアーズに就職した。大学時代、インドネシア独立戦争のために現地人と共闘した日本兵の存在を知り、仕事の傍ら取材を進めていた。

義勇軍に加勢した元日本兵は松井久年兵曹と荒木武友兵曹。2人は1945年8月、バリ島で終戦を迎えた。その後、捕らえられていた収容所から脱走。バリ島のプナルガン村で休んでいるところを現地人に怪しまれ、招かれた民家でもてなしを受けている最中、所持していた銃剣を奪われた。これをきっかけに村人と交流するようになり、義勇軍の軍事訓練に携わった。

46年11月20日にはバリ島中部のマルガラナで起きたオランダ軍と義勇軍の戦闘で、松井、荒木両兵曹と義勇軍兵士全員が戦死した。村澤さんは2人の後輩に当たる元日本兵から「この戦いで機関銃の名手だった松井兵曹は対空射撃で戦闘機を撃墜した」という証言を得た。この他にも46年はインドネシア各地で激しい戦闘が相次いだ。その後、49年にオランダは領土主権をインドネシアに返還している。

当時、松井兵曹は「イ・ワヤン・スクラ」、荒木兵曹は「イ・マデ・スクリ」と現地名を付けてもらい、住民生活に溶け込んだ。バリ島の2カ所の村では2兵曹の戦死後、村人の出資により2人の石像や慰霊塔を立て、現在でも供養を行っているという。

村澤さんによると、松井、荒木両兵曹の他にも対オランダ軍戦に加勢した元日本兵が存在。書籍では現地人から聞いた「一度は植民地支配者としてバリ人を苦しめた日本兵だったとしても、我々は彼を恨んだり憎む気持ちになれない。彼は敗戦後のバリに残って、バリのために命を賭けて戦ってくれたのだから」という言葉を紹介している。

村澤さんは「私が今、バリ島で平和に人々と仲良く暮らしていけるのは、彼らのような先輩がおられたからではないだろうか」と記し、「2人がどれほど厚い信頼関係を築いたのか。私にとっての永遠のテーマ」とも述べている。

書籍(114ページ)は村澤さんが日本語とインドネシア語で書いた。自身が撮影した多くの写真も載せている。

村澤さんに執筆を勧めた元新聞記者で、ペンション&レストラン「オズ」創業者の父愛弘さん(74)=駒ケ根市=は「加害者でもある日本兵が戦後70年以上たった今もバリ島で慰霊されている状況に驚く」と述べ、「今後機会があれば元日本兵の親族を訪ねてみたらどうか―と崇宏に伝えたい」と話した。本は興味のある人に配布できる。問い合わせはオズ(電話0265・83・8105)へ。

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