2021年3月12日付

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桃の実を模した手のひら大の人形が、天井から床へいくつも連なって円柱形をなしている。辰野町のたつのパークホテルのロビーを彩る、吊るし飾り。「桃タワー」と呼ばれる常設展示品は、東日本大震災の被災地復興を願うシンボルだ▼一体、自分に何ができるのだろう。あれほど無力感にさいなまれたことはなかった。10年前に震災が起きた日、人も車も街ごと津波にのみ込まれる様子をテレビ画面越しにじっと見ていた。午睡から覚めた幼い息子を胸に抱き、命の尊さを涙ながらにかみしめた▼固まりかけた心を揺り動かしたのは、地域の人たちが立場を超えて救援物資を集め、募金に奔走する姿だった。たとえ被災地へ駆け付けられなくても、復興のために何かしたい―。たつの吊るし雛あかり教室の桃タワーも、そんな思いから生まれた▼会員は古布に綿を詰め、一針ごとに復興への思いを込めて薄紅や赤色の人形をこしらえた。近年の追加制作も含め、その数は実に3000体。桃には邪気払いのほか、鎮痛のご利益もあるという。被災者の心の痛みに寄り添う慈愛に満ちた作品は、圧巻の一言に尽きる▼先日、教室を主宰する吉江洋子さんにお会いした。「私たちにできるのは人形を作って祈ること。多くの人が震災を忘れず、復興を願ってくれたら」。穏やかな言葉に、社会の道標が示されている。あの日の自分に問い掛け、いまを生きよう。

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