大和工業寄贈の高島小古時計 秋山さんメンテ

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修理を終えた柱時計を見上げる秋山英明さん。側面に金文字で「贈 大和工業」とある

諏訪市末広のアキヤマ時計店店主で一級時計修理技能士の秋山英明さん(90)が、3月31日で閉校した高島小学校の古い柱時計を預かり、メンテナンスを行った。1942(昭和17)年に同市で創業した「大和工業」(後のセイコーエプソン)が学校に贈った品で、「この時計は大切な歴史だ」と秋山さん。城北小学校と統合し、4月から「上諏訪小学校」として再出発する旧高島小校舎に戻り、新たな時を刻み始める。

柱時計は高さ137センチ、幅45センチ。精工舎製で、丸にひし形、中央にSの文字を配したマークが文字盤にある。あめ色の木枠には金文字で「贈 大和工業」と書かれている。

寄贈の時期について、大和工業の創業者山崎久夫(1904~63年)の長男壮一さん(89)は、大和工業が第二精工舎と合併し、59(昭和34)年に「諏訪精工舎」を設立する直前ではないかと指摘。「大和工業としてお世話になった地域に感謝の気持ちを届けたのでは」と話す。

アキヤマ時計店は秋山さんが高島小に入学した37(昭和12)年4月9日、父正雄が創業した。正雄は久夫の依頼を受け、第二精工舎の時計を組み上げたことがある。これが同社の審査に合格し、諏訪で時計の製造が始まる端緒をつかむ。久夫と仲間たちは44(昭和19)年、第二精工舎の誘致(疎開)にも成功し、諏訪は「世界最大の時計工場」へと発展を遂げていった。

高島小現校舎の建設事業が行われた2000年代初め、旧校舎の廊下にあった柱時計は止まっていたという。秋山さんは「大和工業」の文字に目を奪われ、無償での修理を申し出た。歯車のゆがんだ穴をたたいて復元したり、軸受けの偏りを削ったりして修復。校長の責任でぜんまいのねじを回し、時計の針を止めないよう求めた。

それから20年。秋山さんは高島小最後の終業式があった3月16日に学校を訪れ、校長室で動いていた柱時計をチェック。矢島作朗校長(現上諏訪小校長)の許可を得て、2週間かけて保守点検した。修理者の氏名を記録する文字盤裏には秋山さんに加え、高島小同窓生で3代目店主の長男大一さん(62)の名前が初めて並んだ。

秋山さんは「柱時計の機械はしっかりしていて100年はゆうに持つ。『大和工業』が寄贈した時計であることが貴重。地域とともに時を刻んできた学校の歴史を感じてほしい」と願っている。

柱時計は近く上諏訪小に届ける。7日には同校で開校式と入学式があり、新しい学校の歴史がスタートする。

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