2021年4月26日付

LINEで送る
Pocket

戦国時代、天下統一を目指す織田信長は強豪武田氏を滅ぼすべく武田領に進攻、ついに武田氏の最後のとりで高遠城にたどり着く。時の城主仁科五郎盛信は織田の5万の軍勢に対しわずか3千の兵で迎え撃つ-。壮絶な戦いとして知られる「高遠城の戦い」である▼舞台となった高遠城址公園は現在、約1500本のタカトオコヒガンザクラが植わり、有数の桜の名所となっている。やや小ぶりで赤みが強い花は盛信や兵士の流した血で赤みが増したとも言い伝えられる▼この公園で2年ぶりに開かれた「さくら祭り」の有料入園者数は1983年の有料化以降、最も少なくなった。言うまでもなくコロナの影響である。バスツアーなどの団体客が減ったことなどが響いた▼もっとも、これ以前から減少傾向は見られた。渋滞の影響や長距離バスの規制強化、他地域との競合などの要因が指摘される。特に渋滞は長年の懸案だったが、新しい道路が完成し、観桜期の渋滞緩和も期待されている。反転のきっかけになればと思う。もう一つ心配なことがある。桜の樹勢の衰えである▼公園の桜は明治初めごろから植えられ、”高齢化”が進んでいる。しかし、公園は国史跡のため文化財保護法の規制を受け、現状変更を伴う土壌改良や植樹は難しいという。地元市議会でもたびたび取り上げられるが、妙案は出てこない。盛信の心意気で突破してほしい課題である。

おすすめ情報

PAGE TOP