2021年6月1日付

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縄文人の肉体や能力は我々現代人とほとんど変わらなかったそうだ。5000年前の縄文時代から子どもを連れて来れば、いずれ日本語で話し、スマートフォンを使いこなす。数年前、原村の八ケ岳美術館で開かれた県立歴史館(千曲市)の出前講座で聞いた▼我々と同じ感覚を持った人間が5000年前にいた。その事実だけでも縄文を身近に感じる。自然と共生し、狩猟と採集をなりわいとする定住生活の中で、芸術性の高い土器や土偶を創造できたのはなぜだろう。興味と関心は尽きない▼国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)が先月、三内丸山遺跡(青森市)など17の遺跡で構成される「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界文化遺産への登録を勧告した。7月にも正式決定される▼八ケ岳を中心とした中部高地は「縄文のみやこ」だった。下諏訪町の和田峠で採掘された黒曜石の矢尻は北海道まで流通したブランドだったし、230カ所以上の縄文遺跡がある茅野市は全国で唯一、2体の国宝土偶を所蔵する▼国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)もあってか、日本列島で1万年続いた縄文文化に世界の視線が集まる。物質的な豊かさを求めて自然を破壊し、富をめぐって争いを繰り返す現代人。縄文への関心は人類社会の必然だろうか。縄文を学び、失ったものを数えてみるのも悪くない。

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