2021年6月10日付

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うれしい時、悲しい時、つらい時…。その時々で感じる時間の長さは随分と違う。時計の針が刻む物理的な時間とは必ずしも一致しない。何かを待ちわび、心を焦がすようなじれったい思いを抱きながら過ごす時間の進み方の遅さよ▼「時間」を考察したフランスの哲学者ベルクソンの有名な言葉がある。〈砂糖水をこしらえようとする場合、とにもかくにも砂糖が溶けるのを待たねばならない。この小さな事実の教えるところは大きい〉。計量化することのできない、心がつくりだす時間がある▼大陸から暦が入る以前先人はどんな時間観念を持っていたのか。国語学者の大野晋さんは、「時」という言葉の元は「とける」ではないかとの仮説を示している。物が溶けて流動し、やがて消えてなくなる。そこから「とける」が「とき」になったとの考えである▼いま、誰しもが待ちわびるのは一にも二にもコロナ禍の収束だろう。切り札となるワクチン接種が進められているが、変幻自在のウイルスの先手を打つには時間との勝負になる。砂糖が溶けるのを待つように、期待しつついら立ちつつという時間が続きそうである▼何よりも、寸暇を惜しんで命を守る現場を支えてくれている医療従事者の方たちには頭が下がる。時間がいくらあっても足りない忙しさだろう。穏やかに過ごせる日だまりのような時間が早く訪れてほしいと願う「時の記念日」である。

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