2021年6月28日付

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放浪の天才画家、山下清(1922~71年)が残した最後の言葉は「今年はどこへ行こうかな。諏訪湖の花火がいいな」だったそうだ。54年に辰野町小野で山下と出会い、彼が小野駅前のタイガー食堂に滞在した1カ月間、南信日日新聞(現長野日報)の駆け出し記者として密着取材をした故小野末夫さんの著書〈素っ裸の山下清〉にある▼岡谷市の児童養護施設つつじが丘学園にあった山下の作品2点が24日、同市に寄贈された。昆虫を描いたマジック素描の大作だ。山下は70年3月に同市のカネジョウで個展を開き、前身の塩嶺学園も訪れている▼知的障がいを持つ山下は千葉県の八幡学園でちぎり紙細工に没頭し、貼り絵画家として注目されるが、18歳の時に施設を出奔して放浪生活を始める。辰野に現れたのは54年7月18日、蒸し暑い日曜の昼下がり。全裸に下駄、リュックサックを背負い歩く、まさに”裸の大将”だった▼35歳で放浪をやめた山下は、全国巡回展や欧州取材旅行など多忙な創作活動に入る。生涯を通じて愛したのが花火見物だった▼岡谷で山下と再会した小野さんは翌年の湖上花火大会への招待を約束する。しかし、山下は突然の脳出血で49歳で逝く。小野さんは「山下さんは汚れのない星になって恵まれない子どもたちを優しく見守っている」と悼んだ。つつじが丘学園には今後、当時の色を再現した複製画が展示されるという。

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