2021年7月13日付

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春の厄介者が花粉ならば、夏のそれは雑草である。自宅の庭は今年も、招かざる客によって緑一色に占拠された。分かっているつもりだが、野生植物の何とたくましいことか。人間はげんなりして草刈りに汗。多忙を言い訳に、彼らの成長を傍観したつけを払わされている▼見渡せば、頑固な直根のタンポポや地下で勢力を広げるクローバーとなじみの顔ぶれがそろう。これらの隙間に根を張るエノコログサなどイネ科の面々もいる。年を重ねるごとに記憶力が衰える一方で、雑草の知識ばかりは増えるものだと自嘲してしまう▼先月末、テレビ番組の話題に目を疑った。雑草栽培用の商品が首都圏で人気だという。コンクリートブロックの割れ目に雑草の種をいくつか詰めてあり、水をやるだけで育つとの売り文句。ため息とともに悲嘆の言葉が漏れた。「どうかしてるよ」▼コロナ禍で自粛生活を送る都会の人の心を、何事にもめげない雑草が元気づける。購買意欲をそそる図式はこんなところか。周りに自然がなければ、観葉植物代わりに雑草でも育ててみようかと考えるのかもしれない。しかし、どうしても解せない▼アイデアとは、何のためにあるのだろう。社会を明るく照らし、人が前向きに生きるヒントとなる発想こそを望みたい。どうせ頭をひねるなら、みんなが共感して笑顔になれる種をまきたい。空想にふけりつつ、雑草との格闘は続く。 

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