諏訪教育の礎 岡谷に岩垂今朝吉の墓

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諏訪教育の礎を築き、現諏訪清陵、諏訪二葉、諏訪実業の各高校や高島小学校の草創期に、請われて校長を務めた岩垂今朝吉(1865~1917年)の墓が、岡谷市小井川の宗平寺墓地にあることが分かった。長年墓所を探していた諏訪二葉高客員の平島佐一さん=諏訪市元町=が見つけた。今年で没後100年。至誠一筋、自ら範を垂れ勤勉を第一とした岩垂。平島さんは14日、諏訪二葉高同窓会の竹花光子会長と墓参し、「当時から諏訪の小中高の一貫した教育の必要性を説き、生涯掛けてその路線を作り上げた岩垂先生。その功績に改めて感銘」と合掌した。

岩垂は岡谷市小井川に生まれ、当時の松本師範学校高等科を卒業 。諏訪教育界に財政的援助 をした素封家の土橋源蔵らの支援で、諏訪郡に初め て中等教育の芽を開かせた。質実剛健の精神を尊び、常に心が純真であることを勧めた。風貌は豪快で着物は縦じま、横じまとも見分けがつかない洗いざらしで、生涯教育的信念を持ち続けた。

平島さんは、諏訪二葉高創立100周年記念誌編集委員長を務めた10年前、同校初代校長の岩垂の墓が諏訪市の阿弥陀寺にあることを突き止めた。諏訪湖を一望できる高台にあったが、そこは門下生が分骨して建てた墓だった。

以来「先生の元々の墓は出身地周辺にあるのでは」との思いから、岩垂の直系を探せないまま岡谷に通い墓探しを始めた。「長い歳月は先生の名前すら忘却のかなたに押しやっていた」というが、岩垂家の傍系者と出会い、手掛かりをつかんで宗平寺墓地の一角に見つけた。

岩垂の精神が反映された自然石に戒名が夫人と並んで刻まれていた。平島さんは墓前で「先生が眠っている所が明らかになった。地域の人たちに中等教育の道を開いた先生をしのび、功績を振り返るきっかけになればうれしい」。竹花会長は「今年が初代校長の100回忌になることを知った。母校は来年創立110周年、県立諏訪高等女学校となって100年になる。意義あるこの節目。心して周年事業を進めたい」と話した。

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