父の日中戦争従軍日記見つかる 伊藤さん

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父の茂春さんが残した従軍日記などを見つめる伊藤源之丞さん

宮田村北割の伊藤源之丞さん(83)方で、父親の茂春さんが日中戦争に出征した時に書き残した自筆の日記などが見つかった。厳しい戦地での生活の中で、遠い故郷を思う気持ちなどがつづられている。茂春さんから生前、戦争の記憶を聞くことがなかったという源之丞さんは「文章からは戦争の大変な状況が伝わる。このような悲惨な歴史を繰り返してはいけない」と世界平和を訴える。

飯島町で見つかった明治期の陸軍演習日誌を、同町山久の郷土史家伊藤修さん(71)が翻刻(ほんこく)したという長野日報6月4日付の記事を読んだ源之丞さん。自宅の蔵にも茂春さんの従軍日記があることを思い出し、伊藤さんに調査を依頼した。

1912年生まれの茂春さんは33年に入隊して満州事変後の戦地に赴き、日中戦争では37年から2年ほど北京近郊などを転戦。終戦は本土の任務で迎えた。

残された戦時中の日記は9冊。うち7冊が日中戦争などの従軍時のもので、37年9月29日は、この日の地元の元宮神社の祭典に思いをはせ「昨年の祭典を思い出し、無限の故郷のなつかしさを知る」と記している。

38年2月9日には「今晩の雑談は何かある大日本民族の発展の事のみ。けれど誰一人家を両親を兄弟を妻を思わぬはない。けれど私情を排してこの正義陣頭に躍進せんとする勇士の意気は盛んだ」とつづり、その直後の16日には戦闘で失った戦友を弔う様子が、軍内部の死に対する温度差と共に描かれている。

そのほか、戦火の中で届いた故郷からの便りを何事にも代え難いと喜ぶ姿や、殺された現地の人の肉を血に染まりながら野犬がむさぼる姿を描写した一文もあり、壮絶な戦地の様子を伝えている。

戦後は実家の農業を継ぎ、村議会議員も務めて84歳で亡くなった茂春さん。「いろいろ物事に熱心で、雪により倒木した木を治すなど、木一本に対しても大切にしていた」と源之丞さんは振り返る。

調査を受けた伊藤さんは、終戦の8月15日の日記の一部が意図的に破られていることにも気付いた。「いろいろな思いを持って戦っている兵士の姿が分かる資料」と説明。翻刻して、多くの人が読めるように活字にすることも考えている。

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