76年目の終戦記念日 元特攻隊員浜槙人さん

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陸軍水上特攻の部隊「レ艇隊」で生き残った浜さん

「命は惜しいで。本当は死にたかねえよ」。太平洋戦争末期に陸軍水上特攻舟艇兵士として死に直面し、最後はアメリカ兵に助けられた自らの命を、浜槙人さん(96)=岡谷市郷田=はそう言葉にして振り返った。新型コロナウイルスという目には見えない敵による混乱が続く中で迎えた76年目の終戦記念日。どれだけの人が戦争で失われた命に思いをはせるだろうか。

浜さん所有の資料に、「海上挺進第17戦隊第3中隊隊員名簿」がある。総員31人の名前、本籍、戦没年月日、戦没場所がまとめられた表。「浜槙人」の欄に「生還」「マニラ湾漂流中被救助」と記されている。第3中隊の生還者は浜さんとあと1人だけ。ベニヤ板製の小舟を操り、水圧で爆発する爆雷を敵艦近くに落として敵を沈める、まさに命懸けの戦いに従事した秘密部隊「レ【◯の中にレ】艇隊」の生き残りだ。

1944年、陸軍船舶特別幹部候補生となり、海上挺進第17戦隊第3中隊に配属された。陸軍船舶特別幹部候補生第一期生会のメンバーが編集した「レの戦史 陸軍水上特攻・船舶特幹部の記録」によると、第17戦隊が編成されたのは同10月中旬。浜さんは二十歳を迎えて半月ほどの青年だった。自ら死に向かう戦いを任された時、「どうしようもない」と受け止めた。

同書の記述ではレ隊の多くが未成年。本来の目的通り出撃して海上で亡くなった隊員は少なく、多くは輸送中の海没、慣れない陸上戦闘での戦死、さらには餓死や自決などによるものだったとみられる。戦争末期、追いつめられた日本が生んだ悲しい事実がそこにはあった。船のエンジンが故障したために同乗した整備兵2人と共にフィリピン沖で漂流し、アメリカ軍の船に拾われて捕虜になった浜さんも捕まる際に自決を試みたが、敵兵に取り押さえられた。

だが、あの時、死ななくてよかった。死なずに生きているから、「戦争は人殺しだでね。殺し合い。二度と起こしちゃいけねえ」と伝えることができる。「特攻隊として死ぬってことは分かってても、それはあきらめだから。人間は生きている限り、死にたかない。死にたくねえよ」。浜さんの言葉は、戦争で失われた多くの命の叫びに聞こえた。

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