2021年8月24日付

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刻々とかさが増して迫る泥水を目前に、祈る思いで雨脚が弱まるのをただ待つ時間の長さときたら。雨雲が去り、翌朝の青空に心底ほっとした。平穏な日々のありがたみをつくづく感じた▼76年前の今頃、名取笑子さん(96)=富士見町=の旧満州での希望あふれる日常は突如、暗転した。開拓団の勤労奉仕隊として渡り、秋まで半年ほど奉仕の予定だった。何を作付けてもよく実る肥えた土、広大な農村風景は美しく、毎日が楽しかった▼8月下旬、団の仲間が地元民に襲われて敗戦を知り、逃避行が始まった。急襲におびえ、前の人の背中だけを見ながら昼夜なく進む。ある日気づくと前の女性が背負っていた子どもの姿がない。聞けば「生きて逃げ切れないから駅に置いてきたって。母たちはどんな思いであったか」。笑子さんは目を伏せる▼身を寄せた四畳間に20人ほどがひしめく。銃を手に女の物色にくるロシア兵の目を逃れるため、女性は暗い床下で暮らした。息を潜めて長い時をやる。青酸カリの包みを髪に巻き込んでいた。食があればコーリャン煮を湯飲みに一杯。冬の間に子どもは全員死に、大人も生き残れたのは3分の1ほど▼近頃「自粛疲れ」の言葉を耳にする。遠出や会食ができない生活に飽きた、と。今を凄惨な戦時と比べるべきではない。でも、だからこそ悔しい。満ち足りない気分や欲求で感染が抑えられず人が命を落としている。

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