犬養毅の記念碑「曲水」も見つかる 富士見

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治山工事現場で見つかり、作業道まで運び出された犬養毅の「曲水」の石碑(右)と、小川平吉の「神仙秘境」の石碑(乙事区役所提供)

富士見町の編笠山登山道沿いにある景勝地「盃流し」の近くに建ち、2018年秋の台風24号による土石流災害で流失した「曲水」の石碑が8月30日、下流の治山工事現場で見つかった。1925(大正14)年8月30日に、乙事山岳会の案内で盃流しまで登った元首相の犬養毅の書を刻んだ記念碑。司法大臣などを務めた同町出身の政治家で、犬養とともに探勝した小川平吉の「神仙秘境」の碑もこのほど発見されており、3年ぶりに2基の無事が確認された。

「曲水」の碑が見つかったのは、盃流しから約150メートル下流の切掛沢。谷止め工2基を新設する国発注の治山工事が始まっており、工事関係者が発見して町に連絡した。高さ、幅ともに約2メートルで、重さは推定5~6トン。剥落した部分はあるが、大きな亀裂などはないという。

小川の書をもとにした「神仙秘境」の碑は8月中旬、同じく工事関係者が発見。重機を使い、2基の石碑を順に作業道まで運び出した。

乙事区の三井芳章区長は「神仙秘境に続き、曲水が無事見つかってうれしい。業者の方々のおかげ」と感謝。「8月30日という記念の日に発見され、不思議な縁を感じる。(盃流し右岸の)元の場所へ戻すのは難しいが、登山道から見える場所に再設置できたらとの思いは持っている」と話した。

犬養は1924年、富士見に別荘を建て、翌年に政界を一度離れた。山岳会が犬養と小川を案内するに至った経緯などは不明だが、25年8月30日に盃流しで撮影した記念写真や、碑を作るために犬養が大筆で書いた「曲水」、小川が揮毫した「神仙秘境」の書が区公民館に残る。台風24号では八ケ岳山麓で土石流や大規模停電が発生し、盃流しも大量の土砂に埋まった。

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