「諏訪神仏」調査開始 来秋一斉公開へ

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神仏習合プロジェクトの調査で平福寺を訪れ、「日光月光十二神将」を調査する織田学芸員(右)と立ち会った小林住職

諏訪地方の神社と寺院が協力し、来秋に諏訪神社(現・諏訪大社)に付属していた神宮寺由来の仏像などを一斉公開する「諏訪神仏プロジェクト」で、調査部会による調査が14日、始まった。初日は岡谷市長地柴宮の平福寺と同市長地小萩の真秀寺で計15点の制作年代や大きさ、制作者などを確認し、1点ずつさまざまな角度から撮影した。

仏教美術が専門でプロジェクト顧問を務める飯田市美術博物館の織田顕行学芸員(48)が調査を担当した。両寺の小林崇仁住職(47)の立ち会いの下、平福寺が所蔵する秘仏「日限地蔵尊」や岡谷市文化財の十一面観音菩薩立像、真秀寺の市文化財の仏画「般若十六善神図」などを調べた。

同日最初の訪問先となった平福寺で行った調査のうち、「日光月光十二神将」の調査で織田学芸員は、ライトで照らしながら仏像の特徴、台座や背面に書かれた制作者名などを記録し、幅や高さなどを測定していた。「仏師の特徴は髪型や耳など細かいところに出る」(同学芸員)とし、彫り方の特徴などを丹念に調べていた。昭和50年代に行われたという日光菩薩像、月光菩薩像の調査では、日光菩薩の制作年代が室町時代とされていたが、同学芸員は「いずれも江戸時代に制作されたと考えられる」との所見を述べた。

日光、月光菩薩は薬師如来の脇侍、十二神将は薬師如来や薬師経の信仰者を守護するとされる十二尊の仏尊。神仏習合の時代、諏訪大社下社春宮の別当寺だった観照寺の本尊は春宮の本地仏「薬師如来」だった。平福寺の十二神将の像の頭部に干支の動物が載っていた。仏像は正面、斜面、背面から撮影した。

両寺での調査が終了し、小林住職は「来年の(諏訪上下社神宮寺由来仏像の)一斉公開に向けた動きがいよいよ始まった。神仏習合の時代の状況、明治政府による神仏分離政策以降も地域の人々が守り伝えてきたものの価値を再認識する機会になるとうれしい」と話していた。同部会の調査は今後も各寺の理解と協力の下で順次進めていく。

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