信州野球の歴史解説 岡谷蚕糸博物館で講演会

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信州の野球の歴史を紹介した講演会

岡谷市の岡谷蚕糸博物館は2日、講演会「野球に熱中した信州人~野球と蚕糸業~」を同館で開いた。開催中の企画展「岡工110周年記念展 製糸業と諏訪蚕糸野球」の関連企画。元県立歴史館職員の西山克己さんが日本、信州の野球の歴史、戦前の県内の中等学校野球部の活躍などを解説した。

県立歴史館の企画展「信州の野球史」(2013年)の担当学芸員を務めた西山さんが、岡谷工業高校同窓会所蔵の資料を含め、同企画展に向けて調査した資料を基に歴史を話した。

県内では1873年に刊行された国語の教科書「小学読本」の長野県版で野球が紹介されたのを振り出しに、学校に野球部が創設され始めた。1911年の東京朝日新聞の連載「野球と其害毒」を契機に、全国で野球排除の動きが加速。県内でも大正期には諏訪中学などで野球部が廃止となった。

西山さんは「日本が軍事大国に進むにつれ、野球は『軟弱になる』と警戒され、武術で心身を鍛えることが奨励された」と背景を説明し、「野球からも当時の国の事情が分かる」とした。

また、片倉製糸場をはじめ地元製糸業者らの後援で実現した諏訪蚕糸学校野球部の台湾遠征の様子も紹介。「得た利益を地域に還元するという企業理念が、特に諏訪の蚕糸業者には強くあった。そのバックアップが野球だけでなく、諏訪地域の経済や文化を持ち上げる原動力になった」と話していた。

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