諏訪市グライダー協会 急逝メンバーの志継ぐ

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故原田さんの遺族から寄贈されたモーターグライダーと、志を継ぐ協会メンバーたち

諏訪市グライダー協会(北澤晃会長)は、今年1月に急逝したメンバーで主任教官の原田正道さん(長野市、享年70)の遺族からモーターエンジン搭載グライダーの寄贈を受け、協会内に有志のチーム「原田ファルケ会」を結成した。「モーターグライダー(MG)で気軽に飛行を体験してもらい、新入会員を増やせたら」という原田さんの遺志を受け継ぎ、大切に手を入れながら、操縦者の育成と全国のグライダーマンとの交流の旗印として高原の空をかけている。

■グライダーの振興願う

原田さんは1985年ごろから霧ケ峰に通い、操縦を指導。MG「シャイベ式SF25Cファルケ」は原田さんが5年ほど前にドイツから導入した。ドイツ車フォルクスワーゲンのエンジン(2000cc)を仕様変更して搭載し、全長は約8メートル、全幅約16メートル。「ファルケ」はドイツ語の鷹の意で、原田さんもまた「飛ぶことが大好きで鳥のような人だった」とメンバーは口をそろえる。

飛行の指導にとどまらず、早朝から草刈り機を手に高原へ繰り出して発航帯の拡幅にも励んだ。現在の滑空場は原田さんの尽力で完成し、飛翔高度と滞空時間を延ばして滑空環境の大きな向上につながったという。

親交の深かった同協会の二ノ宮進事務局長によると、MGの導入は「かつて霧ケ峰で大日本帝国大日本青年航空団の訓練をした原田さんの父の思いでもあったと聞く。親子で霧ケ峰のグライダーの振興を願っていた」という。

■操縦者育成と同好者の交流

ファルケ会代表の大石敏之さん(61)=東京都=は昨年、原田さんの後継を望む思いに応えてMGの操縦ライセンスを取得。夏には2人で霧ケ峰―北海道間約4千キロの遠征飛行を成功させて全国の同好者を勇気づけた。実践経験を積み、教官の右腕となって支えようと意気込む矢先、原田さんは群馬県伊勢崎市内の滑空場で機に乗り込む直前に倒れ、帰らぬ人となった。

大石さんは「原田さんが何のためにMGを霧ケ峰に持ち込んだのか、ついぞ聞かずじまいとなったが、動力付きのグライダーでなければ見られない世界を知った。原田さんはこれを多くの人に味わってもらいたかったのかも」と亡き師の意をおもんぱかる。

全国30カ所ほどあるグライダー滑空場に同好者がいるがこれまで交流はほとんどなかった。が、「このMGがあれば日本中のグライダーマンに会いに行ける。市グライダー協会の新入会員を集めるのにも役立てたい」と大石さん。メンバーたちは「技量が上がったら、原田さんが目指した沖縄遠征も実現させたい」と夢を広げ、グライダー協会の100周年を現役で迎えさせようと整備にも心を込めている。

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