75年以上ぶり蚕霊供養会 文化継承へ決意

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75年以上ぶりに行われた蚕霊供養会で手を合わせる牛山金一さん(左)

諏訪市四賀桑原にある仏法紹隆寺の蚕安塔で14日、蚕霊供養会が75年以上ぶりに行われた。諏訪地方唯一の養蚕農家牛山金一さん(70)=茅野市金沢=が、大切に育てているカイコに感謝の気持ちをささげようと企画。蚕種、養蚕、製糸、絹織物に携わる関係者7人が参列し、岩崎宥全住職の読経の中、蚕糸業の歴史と文化を守り継ぐ決意を新たにした。

蚕安塔は1937(昭和12)年、初代片倉兼太郎の実弟で御法川式多条繰糸機の開発に貢献した今井五介(1859~1946年)ら実業家や養蚕農家の寄付で建立された。建物は木造二層。本尊は養蚕の神とされる「馬鳴菩薩」で、出家した大祝の娘が住んだ近くの屋敷から発見されたという。繭と桑の葉をかたどった厨子に納められている。

同寺によると、蚕霊供養会は戦中まで行われていたが、蚕糸業が衰退していったこともあり、戦後の記録は残っていない。4代目養蚕農家の牛山さんは以前からカイコに感謝の思いをささげたいと考えていた。同寺の檀家として今年夏に蚕安塔を初めて見学し、岩崎住職に相談して供養会が実現したという。

岩崎住職の読経の中、全員で般若心経を唱え、 静かに手を合わせた。住職から往時のお札も手渡された。牛山さんは「100%が良い繭になればいいが、途中で病気やけがをして死んだり、糸を吐けないカイコもたくさんいる。カイコ一つひとつに命があり、私たちはその命をいただいている。大変いい供養会になったと思う」と感謝した。

牛山さんの繭を糸にしている松澤製糸所(下諏訪町)の松澤清典代表(70)は「本当に感動した。蚕糸業は暗い話ばかりだが、供養会に初めて参加して『もうちょっと頑張るぞ』という気持ちになった」と語った。岡谷蚕糸博物館の林久美子学芸員は「諏訪の蚕糸業の精神を大切に、カイコへの感謝の思いを伝えていきたい」と話していた。

諏訪地域では、岡谷市の照光寺にも蚕霊供養塔がある。下火になった蚕糸業の再興を願い、3万人の寄付で1934(昭和9)年に建立されたという。

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