東都高原富士見会 高齢化で66年の活動に幕

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富共多目的交流広場オープン東都高原富士見会のメンバーも出席した「ゆめひろば富士見」の開園式典。会が寄贈したドウダンツツジが町民の憩いの場を彩る=2018年7月

富士見町出身の首都圏在住者らでつくる「東都高原富士見会」が、会員の高齢化などを理由に昨年12月末をもって解散した。4村が合併して町制が施行した1955(昭和30)年に発足。郷里発展のために苗木の植樹や寄贈、交流活動を続けてきた。活動残金の92万円を町に寄付し、66年間の活動に終止符を打った。

会員の親睦と交流を図り、郷里と連携しながら町の発展に寄与しようと、落合地区出身者の呼び掛けで発足した。これまでにJR富士見、信濃境両駅や中学校にツツジを植樹。見頃の時期に合わせて帰郷し、コロナ前までは町理事者や町議会、団体役員らと交流を深める「つつじ祭」を続けてきた。

2018年7月に完成した多目的交流広場「ゆめひろば富士見」にも、同会から贈られたドウダンツツジなどが植わっている。会報「高原富士見」も毎年発行してきた。

1970年代には350人ほどの会員がいたが、次第に減少。解散時には70~80代を中心とする92人となっていた。夏祭り「富士見OKKOH(オッコー)」にも踊り連を出してきたが、高齢化が進むにつれ、こうした交流に参加できる人も少なくなった。役員の担い手不足など運営が難しい時期に差し掛かったところに新型コロナの影響が加わり、活動に幕を下ろすことを決めたという。

同町横吹の出身で、解散時まで会長を務めた窪田忠夫さん(84)=千葉県=は「解散は残念だが、私たちはこれからも富士見町を忘れず、大事にしていく。帰郷した際、町のためにそれぞれができることをしていきたい」。名取重治町長は「郷里を忘れず、長い間、物心両面で支えていただいた」とし、「何らかの形で受けた恩に感謝を表したい」と話している。

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